第22話



「あーあ、やっちまったなぁ」


 両手に残る、肉を叩き潰す感触を反芻はんすうする。

 一方的な暴力。久しぶりの感覚だ、悪くない。

 へらへら笑いながら、守は試着室の惨状を見下ろす。

 狭い個室は辺り一面真紅のペイントまみれ。ところどころ白や桃色の塊もこびり付き、前衛的なアートに華を添えている。小さなキャンバスでは創作意欲を受け止めきれず、カーテンをはみ出し守の足元まで絵の具は伸びていた。

 その全部が玲美亜の血だ。繰り返し金属バットで殴りつけたのだから、試着室だけで収まるはずもない。

 彼女はもう死んでいる。

 これで、織兵衛に続いて二人目だ。残るは安路、恵流、春明、明日香。自身を除く四人を殺せばいい。


「次は誰にすっかな」


 血濡れの金属バットを引きずり、守は“Gene Do”から新天地へと向かう。

 万全な内に屈強な春明から倒すべきか。

 それとも、弱い奴を先に片付けた方が良いか。

 うんうんうなって逡巡しゅんじゅんした守は、


「まぁいっか。その場のノリだ」


 勢い任せの無策に落ち着いた。

 作戦や計画など、頭を使うのは性分ではない。

 今やりたいことをする、その意欲と衝動だけで十分なのだ。

 昔からそうだった。

 いつもその場の空気、雰囲気、気分次第。

 自分史上最大の罪でさえ、その発端はちょっとした思いつきだった。


 満茂守、当時十七歳。

 度重なる非行で高等学校は退学、実家近くの町工場で働いていた。勤務態度は可もなく不可もなく。厳しい上司の前では若手の一人でしかなかった。

 しかし、相変わらずの不良少年。否、その所業は若気の至りを越えており、犯罪行為もいとわない。

 ひったくりや恐喝きょうかつは常日頃、奪い取った金で豪遊する。ムラムラしたらナンパし、失敗したら強姦ごうかん。欲望のおもむくままに暮らしていた。


「なぁオイ。穴探すのって、メンドくねーか?」


 ある日のことだ。

 悪友二人と道端で酒盛り中、ふと画期的なアイディアが湧いてきた。

 性欲発散の度にナンパや強姦。その都度穴を仕入れるのは手間だ。それならいっそ、性奴隷を飼えばいいのではないか。

 なんとも身勝手で、費用対効果の釣り合わない思いつき。だが、浅慮な守と悪友二人は、名案と信じて疑わない。早速やってみようと行動に移す。

 行動力のある馬鹿ほど手に負えないものはない。

 かくして守達は、近所に住む女子中学生を誘拐した。

 人気のない夜道。塾帰りの少女をナイフでおどし、守の家までお持ち帰り。自室に縛り付けて飼育開始の算段だ。

 同居する両親に露見する可能性もあったが問題ない。凶暴な息子にすっかり萎縮いしゅく、暴力で黙らせればいいのである。


「いやーっ! 帰して、家に帰してよーっ!」

「うぉっ!? うっせーぞガキが、ゴラァッ!」


 だが、少女は想像以上に反抗的だった。

 実家に連れ込んだ瞬間大騒ぎ。幸い両親がいない時間で助かったが、危うく初日で計画が頓挫とんざするところだった。

 ひとまず二、三発腹を殴りつけて黙らせ、三人がかりで二階へ運び入れる。

 これで少しは大人しくなる、はずもなく。


「うーっ! ううーっ!」

「だから静かにしろっつってんだろっ! ぶっ殺すぞ!?」


 さるぐつわをしてもうるさい。

 穴を借りて遊ぶだけなのに、まるで殺されるような騒ぎ方だ。この程度、犬に噛まれたと思えばいいのに。生意気な女だ。性奴隷にするだけでは気が済まない。

 業を煮やした守は飼育をやめ、めすしつけに着手し始める。


「そ、それはマジヤバじゃね?」

「ここまでするなんて、オレ聞いてねーよ」

「あ? 文句あンのかてめーら、オイ」


激昂げきこうすると何をしでかすかわからない。自分より弱い相手なら尚更なおさらだ。悪友二人は躊躇ためらうものの、保身のため、躾ける側に加わる。

 馬乗りになり、発育途上の胸に拳を叩きつける。不細工になるとえるからと、顔面を殴らぬよう取り決めるも、言い出した守が約束を反故。頭から爪先つまさきまで青痣あおあざまみれにした。

 根性焼き――煙草たばこの火を肌に押し当て灰皿代わりにもした。乳首や性器にも直接だ。焼ける度にびくりと跳ねる様は実に滑稽こっけいだった。

 人格否定の落書きもした。マジックペンではなく、ナイフの切っ先で直接彫り込む。「私は便所です」「犯されるために生まれてきました」と、消えない傷を刻んだ。耳元で何度も読み上げると、必死に首を振って否定して馬鹿みたいだった。

 凄惨せいさんな性暴力。拷問ごうもんに類する非人道的行為。

 残飯寄せ集めの粗末な食事。排泄物を喰わせて汚物処理。

 家畜以下の飼育は半年以上にも及んだ。

 恐らく、両親は薄々気付いていただろう。だが、息子の暴力怯え、二階の異常事態を見て見ぬ振りをし続けた。

 その結果、少女は衰弱死した。

 末期の頃はほとんど反応を示さず、わずかに身じろぎするだけ。

 今際いまわきわの言葉は「ごめんなさい、お母さん」だったらしい。


「オイオイ、やっべーよ。こいつマジで動かねーんだけど」


 冷たくなった少女を前に、守はようやく冷静になった。

 人を殺してしまった。もう取り返しがつかない。

 否、殺したつもりはない。


「違う、こいつが勝手にくたばったんだ」


 躾で死んだ少女の方が悪いのだ。もしくは、自分を止めなかった悪友二人に責任がある。

 守は死体遺棄いきを決断した。

 無免許で軽トラックを運転し、悪友二人と共に山奥へと亡骸なきがらを運ぶ。初めは酷く抵抗した少女だが、冷たくなったそれは驚くほどに軽かった。手足は棒きれに、全身かさぶたと火傷やけどまみれ。惨たらしい有様だった。


「よし、火ぃ用意しろ」

「ほ、ホントに大丈夫なのかよ?」

「信用してるからな、頼むぜマジで」

「ははは、バレやしねーって」


 焼却処分すれば死体は見つからない。たとえ見つかっても、誰なのか判別がつかず身元不明扱いだ。という、短絡的な発想だった。

 地面に墓穴をこしらえ亡骸を放り込むと、ありったけの灯油を投入。そこへマッチを投げ込むと、あっと言う間に赤い炎が舞い上がる。派手な火葬だ。黒煙を伴い、肉の焼ける臭いが山中を満たしていった。

 これが世に言う“女子中学生バーベキュー事件”である。

 少女が炭になった頃合いに、墓穴を埋め直して証拠隠滅完了。守達はすっきりした面持ちで帰宅するのだった。

 それからほどなくして、事件は白日の下に晒される。

 浅い墓穴は野犬に掘り返された。表面だけ炭化した、生焼けの肉が引きずり出され、やがて山の持ち主が食い荒らされた遺体を発見。警察の捜査により、遺体の歯型が行方不明の少女と一致。当初異常者による犯行とされ、守達は捜査線上に浮かばなかった。しかし、同時期別件の強姦容疑で三人はお縄になり、うっかり口を滑らせたことで、二つの事件が繋がった。

 こうして“女子中学生バーベキュー事件”は解決に向かい始める――はずだったが、ここからまさかの展開が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る