第16話



 筐体ひしめくゲームセンター。遊ぶ者はおらず、デモムービーだけが虚しく繰り返される。命を賭けた遊戯の最中さなかでは娯楽ごらくの価値は皆無。遊びに熱中する者はいない。

 だが、生き残るのに必要となれば、話は変わる。

 閑古鳥かんこどり鳴く“シュラ・La・ランド”の中で、春明は一人ゲームに挑戦していた。

 お目当ては勿論もちろんUFOキャッチャー、その景品のクロスボウだ。

 新たなる武器がほしい。

 織兵衛の死を機に、事態は風雲急を告げようとしている。

 謎解き脱出ゲームは血で血を洗う殺し合いに。兆候はそこかしこから噴き出している。  

 平和ボケした日本人に負けるつもりはない。だが、無傷で勝てるか怪しいところ。ナイフ一本では心許ない。飛び道具で武装するべきだ。

 そこで、クロスボウを入手しようとするのだが、


「うーん。これは無理ですかもね」


 さっぱり取れる気配がない。アームがひ弱で重さに耐えられないのだ。

 ケースを破壊したくなるも、透明な壁は思いの外硬い。素手では破れそうにない。金属バットのフルスイングなら割れるだろうか。現状、クロスボウは入手不可能のアイテムである。


「さて、これからどうするましょうか」


 狂気に囚われる者は確実に現れる、と経験から推測。筆頭候補は守だ。事故とはいえ、既に織兵衛をあやめている。金属バットという強力な武器もある。

 られる前に殺る心構えが必要だろう。あるいは、参加者を皆殺しにしてゲームクリアを目指す、という選択も悪くない。

 安路や恵流は平和的解決を望むが、織兵衛の死亡で希望は潰えたに等しい。彼らの案に乗るのは、分の悪い賭けと言わざるを得ない。皆殺しの方が幾分可能性がある。

 だがしかし、と春明は――坊主頭だが――後ろ髪を引かれてしまう。

 “罪を悔い改めし者”が六人揃うのがクリア条件で、参加者の行動は監視カメラで筒抜けだ。それらを加味すると、皆殺しの判断はいささか早計ではないか、と躊躇ためらってしまう。もっとも、生き残るためなら、殺し合いもやぶさかではないのだが。

 血と暴力。

 彼の祖国と同じ臭いが漂い始めている。

 生きるか死ぬかの綱渡り。来日以前の生活と変わらぬ、心ひりつく感覚だった。

 瀬部春明――本名バルア・セブ・ベルン。彼はとある発展途上国出身で、治安はすこぶる悪かった。政治家は反社会的勢力と繋がり汚職は日常茶飯事、対抗馬を潰す裏工作で暗殺も平常運転。当然、庶民も危険と隣り合わせ。犯罪を生業なりわいとする輩が跋扈ばっこする街で生き抜かねばならないのだ。

 先程の騒動で、明日香が運のなさを呪っていたが、春明からすれば噴飯もの。生まれた国だけで大当たりではないか、と。


「とても恵みしている国だと聞いたですがね」


 世界一平和とうたわれる国、日本。

 きっと良い暮らしが出来ると、春明は出稼ぎで来日した。

 しかし、彼を待ち受けていたのは厳しい現実。派遣先は所謂いわゆるブラック企業、奴隷どれいの如き扱いを受けた。平和なのは表面上だけ、むしろ中身は腐敗し劣悪そのもの。反抗しないが故に、仮初かりそめの平和が維持されていただけなのだ。

 当時は日本語に不自由で、最低賃金は守られず残業代もなし。給料未払いも度々で、強制収容所の労働と変わらかった。それでも、仕送りを手持ちから捻出ねんしゅつし、代わりに食費を削って空腹にあえぐ日々。だが、欲求に耐えきれず、食料を盗んで罪人に。挙げ句、拉致され今に至る。

 治安最悪の街。

 ブラック企業の搾取さくしゅ

 そして、デスゲームに強制参加。

 これまでの人生、形は違えど常に死と隣合わせだった。

 生殺与奪せいさつよだつの権利は己になく。無力な者は蹂躙じゅうりん、搾取されるだけ。どこの国にも、腐った仕組みが構築されているのだ。

 デスゲームも同様。参加者達の藻掻もがき苦しむ姿を、主催者達は安全圏で高みの見物である。

 はらわたが煮えくりかえりそうだ。全てぶち壊したい衝動に駆られる。


「やはり、武器ないと困るですね」


 春明はゲームセンターを後にして、施設内を反時計回りに歩いていく。衣料品店に立ち寄ろうとするのだが、人影を視認して身を隠す。細身で陰気な容姿、玲美亜だ。彼女も武器を探しているらしい。レジカウンター周りを漁っている。

 下手に鉢合はちあわせて争いになるのも面倒だ。無益な戦いは避けるべきだろう。

 衣料品店は後回しに、その隣の“書天堂”へと身を潜らせる。

 店内は漫画や小説、専門書の類がみっちりと豊富だ。武器はなくとも生き残るヒントがあるかもしれない。

 主催者が何かを仕掛けただろう形跡を探そう。

 春明は目をき店内をうろうろ。本棚、天井、床。どこか不自然な箇所はないだろうか。

 ――あった。

 新刊本が平積みされているコーナーだ。色とりどりの表紙が主張する舞台、その一区画だけがぽっかりと何もない。長方形の穴だけ。積まれていた本が撤去された痕跡だ。

 政府に不都合な記述をして摘発されたのか。それはあり得ない。祖国ならまだしもここは日本だ。政治批判から過激な性表現まで、言論の自由が最も認められている国である。目くじら立てる器の小さい個人はいても、権力の下に弾圧するはずがない。


「違う、そうじゃないです」


 だがそれは、普通の書店だった場合の話である。

 ここはデスゲーム用の特設フィールド。ゲームクリアに役立つ書籍、攻略本があるかもしれない。

 とすると、消えた新刊本こそ、重大なヒントなのではないか?

 本はどこにいったのだろう。

 平積みコーナーの下、レジカウンター裏のスペース、放置された段ボールの中。怪しい場所を片っ端から覗いて回り、そして見つけた。

 備え付けのゴミ箱に捨てられていた。同じ書籍がどっさりだ。サイズも陳列棚の空白にぴったり。ご丁寧に店員特製のポップもあった。

 主催者側がわざとゴミ箱に隠したのか、それとも参加者の誰かが捨てたのか。経緯や理由は不明だが、ともかく大事な資料だ。題名も興味を引く。是非ぜひ読ませてもらおう。

 レジカウンター奥のパイプ椅子に腰掛けると、春明は周囲を気にしつつ、ページを捲り始める。

 全編日本語だが支障はない。囚人生活では読書が日課、二度とだまされ奴隷にされぬよう死ぬ気で覚えたのだ。おかげで文章の意味は理解可能。音読も出来る。苦手なのは自力で日本語を組み立てることくらいである。


「おお、これは」


 読み進める度に息を呑んでしまう。

 春明の期待通り、そこにはデスゲームの謎を解く鍵が記述されていたのだ。

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