第17話



 籠が宙を舞う。

 餌用の器に猫砂など“犬猫畜生”の商品が次々と打ち壊されていく。


「ああクソッ! ざけンなよッ!」


 荒れ狂う守。金属バットを振り回し、目に付く物を片っ端から叩き潰している。

 まさか、あの程度の蹴りで死ぬなんて。

 織兵衛のもろさを見誤った。

 これだから年寄りは嫌いなのだ。少し小突けば大怪我、寝たきり、すぐに死ぬ。そのくせ口は達者で権利を主張し、現役世代の足を引っ張る頑固がんこな害悪老人ばかり。赤の他人相手なら、手が出るのも致し方ない。

 その結果、この始末である。

 平和主義の安路と恵流はまだしも、残りの参加者は下手人を椅子に座らせようとするはず。罪をあがなえ、と無理矢理に。仮に奇跡的に脱出したとしても逮捕は免れない。事故とはいえ自分のせいで死んだのだ。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地が残っているはず、と祈るしかない。愛する家族が待っているのだ、刑期は短くしてほしい。


「クソジジイのせいで、娘と離ればなれじゃねーかッ!」


 渾身のフルスイングがペット用の衣服を根こそぎ叩き落とす。

 来週、娘達の幼稚園で参観会があったのに。どうやら今後一切行けそうにない。

 父親として、子供の成長を見守れなくなってしまう。

 否、それだけではない。

 これから先、娘達は人殺しの子供として非難される人生が待っている。近隣住民から、全国津々浦々の人々から、「我こそは正義」という取材陣に責め立てられるのだ。

 被害者加害者遺族親族の気持ちを無視し、身勝手なマスコミがはやし立て、一般市民が炎上させる。一方で身内や権力者、あるいは推しの芸能人の不祥事にはだんまり。誤情報にも小さく謝罪するだけ、拡散した者達も知らんぷり。誰もかれも自分勝手だ。間違いなく娘達の人生を台なしにするだろう。


「大体“罪を悔い改めし”ってなんだよ!? オレのみそぎはとっく終わっただろーが! 今更何しろってンだッ!」


 振り下ろされる金属バットの一撃。犬小屋は粉砕されて木片に。床で跳ねる乾いた音色が耳朶じだを打つ。

 守はかつて罪を犯した。それは覆らぬ事実だ。

 しかし、その件に関しては決着がついている。少年院でお勤めも果たした。社会復帰の儀式は済んでいるのだ。

 それなのに罪人扱い、デスゲームなんてお門違い。何故巻き込んだ。おかげで、事故とはいえ人を殺してしまった。主催者達のせいで、“悔い改め”る罪が増えたのだ。性質たちの悪いマッチポンプである。


「ん、ちょっと待てよ。なら、あのジジイもオレと同じなのか?」


 激情に任せていた腕がぴたりと止まる。

 仮の話として、過去の罪が原因でデスゲームに参加させられたとしよう。それなら織兵衛、いては他の参加者も同様に、何らかの罪で呼ばれたということになる。

 つまり、この場にいる全員が同類。すねに傷持つ罪人だ。

 珍しく頭を使っていると、に落ちない点が浮き彫りになってきた。


「ジジイって、“罪を悔い改め”たのか?」


 椅子に座れるのは“罪を悔い改めし者”という条件のはず。

 では、織兵衛はどうだろうか。

 過去の罪状は不明だが、死ぬ直前の彼は見るに堪えぬ醜態であった。人の物を横取り、子供のように駄々をこねたのだ。娘がやるなら可愛いが、小汚い老人ではおぞましい。欲深い豚そのもの。“罪を悔い改めし者”とは程遠い姿だろう。

 だが、椅子に座らせた瞬間、モニターの名前が消えた。彼が“罪を悔い改め”たとして扱われ、一人目としてカウントされたのだ。

 違う、そうじゃない。

 そもそものだ。

 椅子に座れるのは“罪を悔い改めし者”のみ、ではない。

 椅子に座ることで“罪を悔い改めし者”として認定されるのではないか?


「オイオイ。それってよぉ、いけンじゃねーか?」


 がけっぷちを打破できる、その足がかりが湧き上がってきた。

 残りの参加者を殺し、六人分の死体が座れば試合終了。残った自分は晴れてここから抜け出せる訳だ。

 安路は必死に「特例だ、あり得ない」と説得を試みていたが、彼の危惧していたのはこの結論に至ることだったのだ。今更ながら理解した。

 死体でもクリア条件に含まれるのなら、殺して回った方が手っ取り早いだろう。


「そうだよ、それが一番だな」


 また、人を殺さないと。

 露見すれば逮捕で刑務所行き確定。死刑もあり得る。

 しかし、先に責められるべきは主催者達だ。むしろ、殺し合いを強要された身として情状酌量の余地がある。日和ひよって椅子に座るよりよほど良いはずだ。

 勿論もちろん、実は死体はカウントしません、と後で判明する可能性もゼロではない。だが、守に残された道はこれしかないのだ。

 後には退けない。

 一人殺せばただの殺人だが、全員殺してしまえば英雄。


「ははは。いいぜ、やってやろーじゃねーか」


 ならば、最も生き残る確率の高い方法を選択するまでだ。

 ペットショップを出ると、通路を舐め回すよう目角を立てる。金属バットと同調して光る瞳は、獲物を探す野獣のそれだ。

 視界に入り次第、片っ端からあの世へ送る。それ以外しなくていいし、考えなくてもいい。

 殺せば殺すほど、自分が生き残る確率が上がるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る