第15話
※
久しぶりに取り乱してしまった。
「はぁ。悪い癖だよね」
通路を一人歩きながら、明日香は深く溜息をつく。
思い通りにならないと、我を忘れて泣き喚いてしまう。三つ子の魂百までと言うが、幼少期の癖が抜けないのは厄介である。
子供時代なら別に良い。泣けば誰かが助けてくれる。口喧嘩で負かされても、こちらが涙を見せれば形勢逆転。それ以上責めてこなくなる。
しかし、歳を重ねれば逆効果。中学生になると打って変わり、「泣けば許されると思っている女」というレッテルを貼られてしまった。
その経験から、平常心を保つよう気を張り続けた。自分を押し殺してきた。
「ホント、酷過ぎて困っちゃう」
周りは敵ばかり。
学校だけではない。両親は厳しく学生生活を束縛、就職先でも人間関係が悪化。いつも占いで凶を引いている気分。とかく人に恵まれないのだ。
酷さといえば、就いた職業も問題である。
子供と遊ぶのが好きだから保育士になったが、その実態は朗らかなイメージと真逆。命を預かる立場として責任重大で気を抜く暇などない。なのに山のような書類に追われ、ろくに休めず日々睡眠不足。給料が良ければまだしも、得られた賃金は
と、溜まりに溜まった不満をSNSに吐き出していたのだが、それが人生を変える転機になった。
共感した人が次々とフォロワーになり、その人気に目を付けた団体に引き抜かれ、あれよあれよという間に同志を
もう昔の自分には戻らない。
幸福と充実の絶頂を
しかし、先程の出来事は衝撃的で、思わず感情が爆発してしまった。
織兵衛の死のせいではない。それよりも玲美亜の推測した、クリア条件が揃わなくなった方が問題。もう助からない、と絶望しかけたのだ。もっとも、幸いデスゲームは続行、全て
しかし、そうなると別の問題が発生する。死体でも“罪を悔い改めし者”扱いなら、他の誰かが皆殺しの手段に出るかもしれない。そうなれば、身を守る
「となると、やっぱ武器だよね」
そこで明日香が訪れたのは、歯科医院“ヘルノデンタルクリニック”だ。書店とフードコートの間に建てられた小さな区画。白く無機質な外観で、看板にはデフォルメされた歯の絵が描かれている。
どこかに武器が隠されているはず。
なんとしても身を守る手段を手に入れなくては。
本当はクロスボウが欲しかったが、UFOキャッチャーの景品では足踏みしてしまう。プレイ経験はあるが入手出来るか不確定。また、全員がクロスボウの存在を知っており、強力な武器を巡り争奪戦になりかねない。
そのため、敢えて人が寄りつかないだろう歯科医院にやってきたのだ。
「うわぁ、暗いなぁ」
院内は一般的な歯科医院と変わらないが、照明が点いておらず薄暗い。狭さも相まりコンクリートの部屋よりどんよりしている。
待合室を通り抜けて奥へ向かうと、そこには治療用の椅子――ユニットというらしい――が三つ並んでいるだけ。水が出る以外、これといった収穫はなし。武器になりそうな器具は何一つ見当たらなかった。
「空振りかぁ」
当てが外れた。
落胆して待合室のソファーに座る。
またも運のなさが発揮されたらしい。
それは小学校低学年くらいの児童が描いたような絵だった。イガイガ虫歯菌の大群を前に、
虫歯防止で何故お尻が出てくる。口と肛門では入れると出す、真逆の穴だ。雑菌の多さから口の方が汚い、という話はあるものの関係ないだろう。
「あっ。これ、もしかして」
そこで
武器の隠し場所は無駄に凝っているらしい。それならこのポスターも、武器のありかを示すヒントなのではないか、と。
「お尻、お尻、歯医者でお尻……」
明日香はあまり頭が良くない。なぞなぞも不得手だ。
しかし、今日は珍しく
歯科医院に似つかわしくないお尻という要素、それが指し示すものとは何なのか。
「あはっ。見ぃつけた♪」
その答えは、明日香が座っていたソファーの下。
薄暗い部屋の更に暗い隙間を覗き込むと、そこには斧が隠されていた。手斧と呼ばれる小ぶりなサイズの物だ。
「でも、これだけじゃ心配だよね」
本来は
やはり協力者――出来れば男の仲間が必要だ。
現在明日香が提唱する思想では、男は女性の敵で潜在的に皆ケダモノ。しかし今は有事なので話は別。何がなんでも引き入れたい。
では、誰を味方に付けるべきか。
選択肢は守、安路、春明の三人だ。
まずは守。彼は論外だ。野蛮な性格が気に食わない。それに織兵衛を事故死させて精神的に不安定。むしろ、いの一番に襲いかかってきそうである。
次に安路。彼は悪くない。理屈っぽい性格が鼻につくが、冷静に状況を考察する姿勢は高評価だ。何より
となると、残るは春明だけだ。彼は外国人らしく彫りの深い端整な顔立ち。しかも高身長で
「ふふっ。今こそ、もう一つの武器の使い時かな」
どんな男でもたちまち無力化する、女性が生まれながらに備えている最終兵器。
自身の
明日香は自信たっぷりにほほ笑んだ。
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