第9話




 玲美亜が素通りしたゲームセンター、“シュラ・La・ランド”。

 設置されたゲーム筐体きょうたいはどれもがプレイ無料。時間さえあれば何度でもチャレンジ可能。景品は取り放題だ。

 とはいえ、もらえる物はアニメキャラクターの人形やきらびやかなアクセサリーなど、デスゲームに不必要な物ばかり。

 ただ一つの例外を除いて。

 ぬいぐるみひしめくUFOキャッチャーに隠された、無骨な景品。

 最初に見つけたのは織兵衛だった。


「な、何で、こんな物が?」


 弓と銃が融合したような物体が、ファンシーグッズの中に紛れ込んでいる。

 クロスボウ、またの名をボウガン。引き金を引いて矢を放つ、れっきとした武器である。ご丁寧ていねいに、矢筒やづつも景品として埋まっている。


「よ~し。行け、行け、行け!」


 無料なので、試しにUFOキャッチャーをプレイする。

 前屈みでボタンをタイミング良く押す。アームが下がって掴みかかり、クロスボウの弓部分に引っかかる。一発だ。パチンコやスロットで鍛えた技術が功を奏したか。

 と、脳内で快感物質がほとばしったところで、


「ああ~っ、駄目かっ」


 クロスボウは滑り落ち、ぬいぐるみの間にすっぽり戻ってしまう。

 ぬか喜びになってしまった。

 だが、織兵衛は再度プレイする。

 失敗したまま終わりたくない。普段の賭け事と違い無料、負債を気にせず連続チャレンジだ。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの精神。

 もっとも、それで成功すれば人生苦労しない。案の定、クロスボウは取れないまま。無為むいに時間を浪費するだけだった。

 手の震えが止まらず、ここぞという場面で操作ミスをしてしまう。取れた、と思った途端にクロスボウは落ちていく。アルコールを摂取すればうまくいくだろうが、この場に酒類は置いていない。ないものねだりだ。


「はぁ。思い切りかっくらいてぇなぁ」


 酒が何よりの好物だった。

 若い頃からアルコールと共に過ごす日々。飽きずに毎日浸り続けてきた。

 勿論もちろん、酒の失敗もあった。やめようと決意した時期もあったが、薄弱な意志では長続きせず。煙草たばこは手放せたが、アルコールとの縁は切れなかった。

 そもそも辛いだけの人生、酒がないとやっていけない。しかし、酒のせいで失敗し、人生はより辛くなる。

 生まれは貧乏、仕事は長続きせず職を転々としていた。自身の資質に問題があったのか。否、突き詰めると、原因の半分は酒だ。警察のお世話になってもやめられない、まさに依存症。最終的に職を失い、現在ネットカフェ生活。友達はいなくなってしまった。

 弱音を吐けば良かったのかもしれない。

 誰かに相談すれば良かったのかもしれない。

 だが、「男たるもの泣くな」と教育された者として、それは無理。黙って耐え忍ぶことこそ美徳と信じて疑わない。

 結果、誰にも気付かれず、公的支援も受けられずどん詰まり。若者達からは「老害」「クソジジイ」とけなされ煙たがられる。挙げ句、デスゲームという謎の催しに巻き込まれてしまった。

 六十余年、無駄で無意味で無価値な人生だった。

 ひっそりくたばるのがお似合いだろうか。自虐的に笑うしかない。


「へっ、へへっ。ど、どうせこんなもんだよな」


 結局、織兵衛はUFOキャッチャーを諦めた。

 パチンコやスロットと同じだ。景品は射幸心を煽るだけの客寄せパンダ。実際に取れるとは言っていない。むしろ簡単に勝てるのなら賭博は流行らない。客が損して店が儲かる。それが鉄則なのだ。酷い場所では裏で外れやすく確率を操作し、どれだけ努力しても勝てないよう設定されている。なんて話も聞くほどだ。

 まるで世の中と一緒。人生に逆転出来る要素は一切ない。生まれながらの勝ち組が勝ち続けるだけの、仮初めの希望だけが虚しく漂う社会。そのくせ「信じる者は救われる」と、努力こそが至高とうそぶき、敗者は努力足らずの自己責任と切り捨てる。なんと傲慢ごうまんなことか。

 自分は敗者、世の最底辺を這いつくばって終わる。

 織兵衛は項垂うなだれたまま、ゲームセンターを後にするのだった。

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