第10話



 ショッピングモール内に時計はない。

 デスゲームに時間制限がないのは不幸中の幸い。だが、これでは朝なのか夜なのか、目覚めてどれほど時がたったかも不明。とても不便だ。日頃病院で規則正しい生活する身では、余計にそう感じる。

 正確には不明だが、恐らく三時間程過ぎただろう。資料を読んでトイレ休憩を終えた頃合いに、中央に位置する椅子の間に戻ってきた。

 安路と恵流の二人が最後だったらしい。これにて全員集合となった。

 薄暗い部屋の中、各々の面持ちは輪をかけて暗い。互いに顔を合わせずうつむいている。脱出のヒントが見つからなかったのだろう、と容易に想像がつく。食料がなかったのも原因だろう。どこの店舗にも食べられそうな物はない。フードコートのウォーターサーバー、あるいは歯科医院とトイレの水道でのどの渇きを癒やすのが関の山。残された時間はそう長くないだろう。

 だが、その一方で、ある程度の収穫もあったらしい。守は銀色の金属バットを手にしている。同様に、春明の手にも銀色に光る何かがあった。


「満茂さん。そのバットはどこで?」

「ペットショップだよ」

「はい?」


 冗談にしか聞こえなかった。金属バットとペットショップ、繋がりが全く見えない組み合わせだ。

 しかし、本当らしく、


「うるせーな。マジで籠の奥から出てきたんだよ」


 守は鋭い怒気を放ってくる。彼曰く、ペット用の籠の裏にあったらしい。しかも、籠の中には、参加者全員の切り抜き写真が入っていたとこのこと。悪趣味である。

 疑って申し訳ないと頭を下げ、安路は気になるもう一人へと向き直る。


「瀬部さんが持っているのは?」

「コレ、ナイフですよ」


 チャキチャキはさみのような音がして、春明の手の中で銀色が素早く回転、鋭利な刃がき出しになった。かつて非行少年の代名詞だった、バタフライナイフという折り畳み式の刃物である。

 切っ先を突きつけられ、安路は怯んで後ずさる。はっとした春明は「ごめんなさい、ですね」と、鮮やかな手捌てさばきで刃を仕舞った。


「それで、ナイフは一体どこに?」


 気を取り直し、発見場所について質問する。心臓の早鐘はやがねは未だに鳴り続けていた。


「ワタシ、お腹空いた。だからご飯屋行きました」


 空腹でフードコートを訪れると、並んでいるのは四つの看板。蕎麦そば屋、うどん屋、ラーメン屋、アイス屋。何故か麺類を取り扱う店ばかり。妙だと考えた春明は、唯一の例外であるアイス屋を調べた。すると、冷凍庫内にはアイス代わりにナイフが一本。キンキンに冷えていたとのことだ。


「これまた変な場所に……」

「そ、それならオレも見つけたぞ」


 続けて証言するのは織兵衛だ。

 しかし彼は武器らしき物を持っていない。


「ピコピコの中に、ゆ、弓矢みたいな、鉄砲みたいなのがあった。け、景品だから取れなかったけどな」


 どうやらゲーム筐体きょうたいに、景品として武器が鎮座しているらしい。


「それは多分ボウガン、正式名称はクロスボウね」


 恵流が武器について補足を付け加えてくれる。

 話によると、UFOキャッチャーの景品で、ぬいぐるみに混じってクロスボウがあるらしい。

 安路の中で段々と、不安が細菌のように増殖していた。

 話を纏めると、施設内には武器があり、わざわざ隠して置かれている。籠の裏、冷凍庫の中、UFOキャッチャーの景品。それらを用いて殺し合え、という主催者の思惑が見え隠れする。

 殺し合いなんて、絶対に駄目だ。

 安路は頭をむしり、嫌な予感を振り払うように話題を変える。


「このゲームについて、みなさんに聞いてほしいことがあります」


 三時間強、情報を整理し導き出した、デスゲームについての考察だ。

 まずは、そもそも本当にデスゲームかということ。これについては確実だろう。かたくなに認めなかった織兵衛も、クロスボウを見て確信に変わってきたらしい。

 突然の拉致監禁、作り込まれた会場、そして隠された武器。お膳立てからして、デスゲームなのは確定。施設内の監視カメラからして、主催者達は別室で様子を見ている可能性が大。その目的は苦しむ姿を鑑賞する享楽きょうらくか、はたまた常軌じょうきを逸した崇高すうこうなる儀式のためか。真意は未だ不明だ。

 しかし、ある程度の推測は可能。


「まだ仮説ですが、二つほど可能性が考えられます」


 安路は抱えた本を降ろし、左手を挙げ、手錠からぶら下がるおおかみのフィギュアを揺らす。


「まずはこのフィギュアについて。モニターにある通り、僕達それぞれに様々な生き物があてがわれていますが、これらは――」


 空いた右手で拾い上げるのは“解説・七つの大罪”という本だ。題名の割に表紙はポップ、可愛らしいキャラクターが描かれている。擬人化された悪魔らしい。


「――キリスト教用語の“七つの大罪”を表しているのではないか、と」


 恵流以外の反応はかんばしくない。ポカンと頭上に疑問符を浮かべている。

 照れ隠しに頭を一つ掻くと、安路はページを中程までめくると開いて掲げた。そこには“七つの大罪”と、それに関連付けられる物が記載されている。

 それぞれの罪に対応する悪魔、幻獣、そして生物。

 本の記述では諸説あるとしつつ、罪と生物について、以下のように載せられていた。


 嫉妬――へび

 強欲――蜘蛛くも

 暴食――はえ

 怠惰――蝸牛かたつむり

 憤怒――狼。

 傲慢――蝙蝠こうもり

 色欲――さそり


「この“七つの大罪”が、モニターの一文とリンクしていると思われます」


 “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”


 この文の参加者を罪人扱いする箇所かしょは、フィギュアの生物と紐付けて罪と表しているのではないだろうか。


「次に、これらの生き物が毒、あるいは人に害なす生き物である点が気になります」


 本では罪に対応する生物について、他の種類も列挙されている。犬や猫、豚や牛などとする説もある。

 しかし、何故か選ばれたのは有毒、有害な動物ばかりなのだ。


「蛇や蜘蛛、蠍は毒を持つ生き物として有名ですし、蠅や蝸牛、蝙蝠は病原菌や寄生虫の媒介になります。狼は少し苦しいですが、おそらく獣害、もしくは狂犬病を表しているかと」

「前置きはいいから、はよ言えや」


 中々結論に辿り着かず、守が催促してくる。


「ええと、つまりですね。これは所謂いわゆる、“蠱毒こどく”ではないか、と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る