第114話  マントヴァへ その一

翌朝、イザベラはロアール川の岸辺でキアーラに言った。

「お姉様、マントヴァは滅亡を免れました。

お姉様の御蔭でございます。」

キアーラは首を振った。

「お礼を言わなくてはならないのは私です。貴女の御蔭で、私は祖国を失わずに済みました。 そして」

キアーラはイザベラの目を見た。

「私は、これでやっと力強く生きることが出来そうなの。」


遂に一行は船に乗った。

キアーラは岸辺にたたずんでいつまでも見送り続けた。

イザベラは、こみ上げる涙でその姿が見えなかった。


一行は、もう修道士や修道女の姿ではなかった。この服は、キアーラからのたっての贈り物なのだ。

あたりは燃え立つ様な緑だった。

「生きていたのだわ。」

イザベラは、涙がにじんできて、どうすることも出来なかった。死を覚悟してシャルルの前に進み出た時にも出なかった涙が。

全ての木々が、全ての花が、イザベラの目にしみた。


やがて一行は、リヨンに到った。

リヨンはソーヌ川とローヌ川の合流する交通の要衝で、ソーヌ側右岸の丘の上にはローマン・ビザンチン様式の白い教会ノートルダム・ド・フルビエール寺院がそびえ、そして丘の中腹にはローマ時代の劇場の遺跡が、丘の下には12世紀に建てられたサン・ジャン寺院が、この町の1500年の歴史を象徴するかの様に、樹木の間に静かなたたずまいを見せていた。

数週間前ここを通った時は命がけで、こんな美しい明るい町だとは少しも気がつかなかった。

もう二度と見ないかも知れないフランスの町リヨン。

イザベラは、感謝と感激に満ちた目で、ローヌ川の川船の上からいつまでも岸を見つめ続けた。


船はフランスを離れ、ローヌ川をアルプスへと遡った。

レマン湖の鏡の様な水面を見ながらイザベラは、数週間前、夜の湖面に落とした涙を思い出した。

モンブラン、マッターホルン、ブライトホルン、リスカム、そしてモンテローザ、ユングフラウ、この山々を生きて再び見る日があると思ったであろうか。

イザベラは、朝日に金色に輝く峰々を仰ぎ、言い知れぬ感に打たれた。

                    つづく


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