第113話 フランスへ その二十四
イザベラは顔を挙げた。窓は白々と黎明を告げていた。
イザベラは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
昨夜、イザベラは部屋に戻ると、キアーラに刺繍の道具を借り、クリーム色の布を探してきて、記憶をたどりながらあの同じ花かごの絵を刺繍し始めた。イザベラは、夜通し一心に刺繍し続けた。何度も指を突いたが、それでも構わずにイザベラは、一針一針心を込めて刺しては抜き、また刺しては抜いた。まるで何かに導かれる様に、不思議な速さで針は運び、そして今、小さな壁掛けが出来上がった。
イザベラは、夜明けのブロワに静かな感動を覚えた。
その時、不意に部屋の扉が叩かれた。
まだキアーラも侍女たちも寝て居り、イザベラは急いで開けに行った。
「ただ今、出国許可が下りました。」
イザベラは、口も利けなかった。
「こちらが通行証書でございます。」
それにはシャルルの署名が成されていた。
「有難うございます。 今すぐ殿下に御礼を申し上げたいのですが。」
「それが・・・殿下は今しがたソローニュの森へ狩りにいらっしゃいました。」
イザベラは震える手で通行証書を受け取り、その筆跡を見つめていた。
キアーラは、涙を流して喜んでくれた。
そして急いで朝食を済ませると、お城を出る支度にかかった。
午前11時、全てが完了した。
「お姉様たちは、どうか先にお行き下さい。私は、あと少しだけ用がございます。」
「そう。それでは先に馬車に乗ってますわね。」
皆は行ってしまった。
やがて、イザベラは独り部屋を出た。
イザベラは、あの廊下の突き当りの小さなサロンへ行った。
そして、昨夜一心に刺繍した小さな壁掛けを取り出すと、しばらくじっと見つめていたが、そっとそれをテーブルに置き、静かに立ち去った。
馬車に乗る前にイザベラは振り返り、ソローニュの森を見やった。
ソローニュの森は、フランス特有の真珠色の空の下に、深緑にけむっていた。
馬車の座席でイザベラは、決して振り返らず、馬車が王宮から離れて行く車輪の音を聞いていた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます