第112話  フランスへ その二十三

依然として許可は下りず、イザベラは毎日矢も楯もたまらない思いで過ごした。不安で胸は絞めつけられた。

イザベラは部屋を出た。心の休まる場所は、あのロアールの流れが見える廊下の突き当りの小さなサロンしか無かった。

イザベラは足を止めた。そこに、シャルルが数人の若者たちと立っているのだ。

シャルルはイザベラの顔を見ると、子供の様な笑みを満面に浮かべた。

そして、イザベラの前を笑みを浮かべたままうつむいて通り過ぎ、廊下の向こうに行ってしまった。

イザベラはそれを見て、力無く部屋に戻った。

これ以上、出国許可のことを口にするのは許されない様な気がした。

イザベラは、それから何日も殆ど部屋を出なかった。


イザベラは、或る夜、久しぶりにあの廊下の小さなサロンに行った。

この時刻ならシャルルは姿を見せないであろう。イザベラは窓から夜のロアールの流れを見つめた。川面には美しい月影が映っていた。

イザベラは、はっとして振り返った。

シャルルが立っているのだ。

シャルルは向かいの椅子に座り、一点を凝視した。

「私は、独りぼっちなのです。」

不意にシャルルはそう言うと、蒼白の顔をしてうつむいた。

やがてシャルルは立ち上がり、黙って窓際に歩み寄った。 

そして窓辺に手をかけ、暗い外を見た。

「殿下」

イザベラは、静かに言った。

「私は初め、殿下はお笑いにならない御方かと思いました。 いつもお寂しそうな、もの悲しげな御顔で、私は心配致しました。

殿下が初めてお笑いになったのを見ました時、嬉しかったのです。とても。」

イザベラは、目頭を押さえた。

「私には、フェラーラに4人の従弟たちが居りました。殿下を拝見して居りますと、あの従弟たちのことを思い出すのです。」

イザベラは静かに、あの4人の従弟たちのことを話し始めた。11年前の光景が鮮明に胸に甦ってきた。

シャルルは身じろぎもしなかった。

「あの無邪気な笑顔。 あの従弟たちは私にとって、命と同じくらい大切な、かけがえの無い宝でした。」

イザベラの目に涙が光った。

「私は、一心に壁掛けを刺繍しました。小さな壁掛けを。」

イザベラは、夢を見る様な目をした。

「クリーム色の布に、薔薇の花、百合の花、そしてひな菊、花かごの絵を刺繍したのです。幾夜も寝ずに。

出来上がりましたのは、フェラーラを発つ三日前でした。弟に届けてもらったのです。 でも」

イザベラは目を伏せた。

「4人とも、誰も見送りには来てくれませんでした。」

イザベラが話し終わっても、シャルルは身動きしなかった。

イザベラは、遠くの一点を見つめていた。

シャルルは静かに立ち去った。

             つづく


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