第101話  フランスへ その十二

登って行くほどに、だんだん岩が増えてきた。

そして、花は少なくなり、種類が変わってきた。昨日のお花畑に見られた様な軽やかで華やかなものは影を潜め、落ち着いた姿の花が岩にはりつく様にして所々に静かに咲いていた。

イザベラは、白い花びらで真ん中が黄色い花を何度も見かけたが、そのたびに明らかに種類が違うので驚いた。

峠近くになっても、岩の隙間には凛とした花が夢を見る様に咲いていた。


急な岩場を馬の背に揺られて登るのは骨が折れた。その上、山賊が今にも襲いかかって来ないかという恐怖で、心は張りつめ通しだった。


峠に差しかかった時、イザベラは一瞬めまいを覚えた。遥か下方に小さく小さく村や森や川や湖が見渡せるではないか。峠近くは霧がかかるかも知れないと言われたが、今日は視界がよく見渡せた。


遂に登りつめ、これより先は下るのみである。

イザベラは今一度、来し道を振り返った。


一行は、いよいよ下りにかかった。下りはさらに難儀であった。岩場で馬が何度もつまずきそうになり、その度に冷汗が出た。ここを山賊に襲われたら、ひとたまりも無い。 皆は身を震わせる思いで、心の中で念じ続けた。


突然、絹を裂く様な叫び声が挙がった。後ろの方からついて来た侍女だ。

一気に全員、血が凍った。

アントニオは、僧衣の下の刀の束に手を掛けた。

「お、おどかすなよ」

皆は恐る恐る振り返った。

「ごめんなさい。」

侍女は蒼い顔をして笑っていた。

「馬が転びそうになったの。」

どっと一斉に笑いが起こった。

「ひどいわ、ひどいわ」

イザベラも、思わず修道女らしからぬ明るい声を挙げた。急に皆は喋る様になった。

「ところで尼様、一体いつになったら聖地に着くんですか?」

「えっ」

「わしらも、この際、拝ませてもらおうと思ってるんです。 なっ」

若者たちはうなづいた。

「こんな時でもなかったら、とてもこんな所、来ませんから。」

イザベラは口ごもりながら言った。

「私も先程から道の両側をよく見ているんですけれど」

「もっと道からそれて探しに行きましょうか?」

「このままでは、わしらも後味悪いや」

「い、いえ、それが、その、もう少し先だった様な気がするんです。」

一行はまた黙々と馬の背に揺られて岩場を下り続けた。


ようやく難所を超え、麓の村が目の前に迫って来た。

「尼様、結局見つかりませんでしたね。」

「もう、いいんです。」

「本当にいいんですか?」

「一体どの辺だと聞いていらっしゃったんですか?」

「本当にあったのですか?」

いきなりアントニオが叫んだ。

「さあ、そろそろ誰が一番強そうないでたちだったか考えようかな。」

すると、若者たちは一斉にどよめき、声高に話を始めた。

さすがにアントニオも困った。皆、甲乙つけ難い出来栄えなのである。それに、21人の中から1人だけ選ぶということは、何か忍び難い気がした。

しかし、約束は約束である。

「お妃様、いかが致しましょう?」

たまりかねてアントニオは、小声でイザベラに訳を話した。

「まあ。」

イザベラは驚いた。

「それなら、皆さんに2ドゥカートずつお渡ししてちょうだい。」

「えっ」

アントニオは蒼くなった。

「せっかく私たちのために恐ろしい山道を来て下さったんです。それに、あんな勇ましいいでたちを工夫して下さって。御蔭で私たちは峠を越えることが出来ました。」

アントニオは、しおれて聞いていた。

「もし、ここでお一人だけ2ドゥカートお渡ししたら、きっと後に気まずい思いが残るでしょう。私たちに親切にして下さった方々にその様なことをしてはなりません。」

アントニオは、すっかりしょげてしまった。

「申し訳ございません。私が至らなかったばかりに。」

イザベラは、首を振った。

「無事に峠を越えることが出来たのも、アントニオ殿の御蔭です。」

アントニオは頬を染め、一礼すると走って行った。


若者たちは、尾根にこだまする様な歓声を挙げ、何度も何度も振り返って手を振りながら大喜びで帰って行った。


麓の村で馬を借りると、2時間ほどでローヌ川に着いた。

一行は、そこで川船に乗り換えた。

この川の行き着く先が、フランスの入口リヨンである。 そこでロアールの川船に乗れば、そのまま運命のブロワに着くのであった。

                つづく


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