第100話  フランスへ その十一

夕方、一行はサンプロン峠の麓に差しかかった。

今朝借りた馬はここまでであり、峠を越えるには別の馬主を探さなければならなかった。

幸いあたりには、峠を行き来する旅人のために馬を提供する者が何件かあった。


「えっ、公道を通らないって?」

馬主が目をむいて聞き返した。

「はい、どうしても拝んで行きたい聖地がありますんで、脇道の方を。」

アントニオが言った。

「聖地? そんなのあったかなあ。 まあ、とにかく、あそこは山賊が出ることで有名なんだから。」

「そこを何とか」

従者たちは口々に懇願した。

「いや、うちは山賊に馬を盗られちゃ上がったりですよ。 お客さんたちも、命あっての物種ですからねえ、公道を通られた方が身のためですぜ。」

馬主はそう言って、別のお客の相手を始めた。

一行は次々に他の馬主を訪れたが、全て断られた。

「お妃様、やっぱり公道を通りましょうか?」

侍女が言った。

「いえ、あそこは厳重な取り調べが行われますから、何としてでも避けねばなりません。」

皆は黙ってしまった。

「あっ、ちょっと」

不意にアントニオが、通りかかった地元の人らしいおばあさんに声をかけた。

「私どもは旅の僧尼でございますが、馬が無くて困って居ります。」

「そんなら、あそこに馬屋が。」

「それが、全部断られたんです。」

「へえ」

「実は、どうしても拝んでいきたい聖地があるから、脇道を行ってくれと頼んだら」

「そりゃ無理ですよ。ここの山賊は有名じゃから。 それにしてもあんな所に聖地なんてあったかね。」

おばあさんは首を捻った。

「い、いや、あるんですよ。ちゃんと。」

「ふうん、聞いたこと無いねえ。」

皆は、蒼ざめた。

「まあ、いいわ、どうでも。 それじゃ、麓の若い衆に頼んでみるわ。」

「まあ、有難うございます。」

イザベラは、思わず声を挙げた。

おばあさんはイザベラの顔をまじまじと見つめてつぶやいた。

「こんなあらたかそうな尼さんは、初めてじゃ。」

おばあさんは、皆の方を見て言った。

「今晩は、うちの村で泊まりなされ。

そうそう、教会でお泊りになるのは如何ですかね?」

イザベラは、どきっとした。

「御親切に。 でも、出来ましたら皆様のお宅にお泊めいただけませんでしょうか?」

「そりゃ一向に構わんが、教会の方がきれいだし、悪いことは言わんから教会に泊まりなされ。

そうじゃ、今から行って頼んで来てあげよう。 教会の方が居心地もいいと思うよ。」

「おばあさん、俺・・・私たちは、せめて旅の時ぐらいは教会と違う所で寝泊まりしたいんです。」


イザベラは侍女たちと一緒におばあさんの隣の家に泊めてもらうことになった。

他の従者たちも数人ずつ分散して村の家々に泊めてもらった。

落ち着くと、すぐに皆が集まって来た。

「お妃様、これは少しお金が要りそうです。」

アントニオが言った。

「お金を出さない限り、人手も馬も集まらないでしょう。 

この際、多人数でなければ危険です。 山賊が恐れをなして、襲うのを思いとどまるくらいの多人数でなければ。」

「わかりました。」

イザベラは、金貨の入った袋を取り出した。

「あっ、お妃様、それは」

従者たちは、どよめいた。

「お妃様、それは、いざという時のためにとって置かれたお金ではございませんか。」

「今が、その時です。 人は、いつお金を使うべきかを見誤ってはなりません。」

「しかし、帰りのことも。」

「その必要は無いでしょう。

マントヴァを攻めないとルイ十二世陛下がお約束下さいました暁には、大手を振って公道を帰ることが出来ます。  

さもなくば、二度とこの道を通ることはございません。」

皆はうつむいて沈黙した。  イザベラは、慌てた。

「驚かせてしまってごめんなさい。 どんな時でも、皆さんは国へ帰れます様、ちゃんと手を打ちますから、御心配なさらないで。」

皆は声を挙げて泣き出した。 イザベラは、途方に暮れた。

その時、アントニオが進み出て、押し戴く様に金貨の袋を受け取った。

「決して、無駄には致しません。」

アントニオの真剣な目つきに、イザベラは圧倒された。

アントニオはその袋を大事そうに懐に入れると、おばあさんの所へ走って行った。

「おばあさん、何人くらい集まりますか?」

「大体15~18人というところかね。 じゃが、この仕事は怖がって誰も来んかも。」

「1人に1ドゥカート払います。」

「へっ。」

おばあさんは、目をぱちくりした。

「来てくれるでしょうか?」

「来過ぎるわ。 若者どころか、じい様たちまでやりたがって、仕事の奪い合いになるわ。」

アントニオは、ほっとした。

「その代わり、ちょっと頼みがあるんです。とにかく出来るだけ強そうに見えるいでたちで来て欲しいんです。」

「ははん、なるほど。」

おばあさんは、お茶を飲みながら大きくうなづいた。

「それで、一番強そうな恰好をしてきてくれた人には、もう1ドゥカート余分に払います。」

お茶を飲んでいたおばあさんは、むせ返った。


翌朝、おばあさんの家の前には、見るからに恐ろし気ないでたちの若者たちが馬に乗ってものものしく終結した。

「随分多いですね。」

「21人も集まったんじゃ。」

どの若者も知恵を絞って、強そうないでたちを工夫したのがよくわかった。

まさに甲乙つけ難い出来栄えであった。

イザベラは、おばあさんと、そしてお世話になった村人たちに丁重にお礼をして出発した。 馬は村の人々から借りたものである。 峠の向こうに着いたら、若者たちに村まで連れて帰ってもらう約束だった。

            つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る