第95話  フランスへ その六

その時、さっと馬車の窓が開いた。

兵士たちの視線が一斉に集中した。

イザベラは、フランス風の大きな羽根扇を揺らせながら、あでやかに微笑んだ。

兵士たちは、半ば我を忘れて見とれた。

イザベラは流暢なフランス語で言った。

「私は、モンパンシエ公爵未亡人のキアーラ・ゴンザーガと申しますが、先の戦で夫を失った悲しみに思い侘び、我が心の慰めはただ故郷の山川のみと年ごろマントヴァへ足を運んで居りました。

しかし、このたびの戦で、私は弟たちとは敵味方となり、国王陛下に我が忠誠の心を示さんと、生まれいでし家に今生の別れを告げて、今、帰国の途に就いたのでございます。」

あたりは水を打った様になり、フランス兵もうちしおれ、涙を浮かべて聞き入っていた。

「知らぬこととは申せ、数々の御無礼お許し下さい。

それでは、旅路安けく。」

兵士の一人が丁重にそう言って通そうとした。

イザベラは丁重に会釈し、窓を閉めようとした。

「駄目ですよ。隊長はモンパンシエ公爵様に大変お世話になったと何時もおっしゃっていたじゃありませんか。奥様にお会わせしなかったなんて知ったら、後で大目玉ですよ。」

「それもそうだ。」

「奥様、どうぞもう少しお待ち下さい。今、隊長を呼んで参ります。」

イザベラは、心臓が止まりそうになった。

「御丁寧に。 いたみ入ります。 ですが、戦時下のお忙しい折り、私のために持ち場をお離れいただきますのは心苦しゅうございます。

どうか、隊長様にくれぐれも」

「ごめん」

いきなりアントニオが、馬に鞭を当てた。

それに倣って御者も鞭を当て馬車は疾風の様に駈け抜けた。


「お妃様の御蔭でございます。」

「有難うございます、お妃様。」

侍女たちは口々に言った。イザベラは、体の震えが止まらなかった。

「おい、追って来るぞ。」

イザベラは、とっさに叫んだ。

「サンタマリア・デレ・グラツィエ教会へ。」

            つづく

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