第94話  フランスへ その五

イザベラは馬車の窓を僅かに細く開け、隙間から外を見続けた。

「あっ」

町の随所にはかがり火がたかれ、大勢のフランス兵が通行する人間の取り調べを行っているのだ。

「奥様、大変です。」

様子を見に行ったアントニオが帰って来た。

「奴らは敵方の人間が本営に近づくのを恐れて厳重な取り調べを行っています。

数日前までは夜間の通行を一切禁じていたほどです。」

イザベラの顔から血の気が引いた。

「そればかりではありません。

奴らは、マントヴァから来た人間を血眼になって探しているのです。

見て下さい。」

アントニオは指さした。

「奴らはああして東から来た人間を特に厳重に、しらみつぶしに調べているんです。」

見ると、馬車から引きずり降ろされる者や拉致される者すらいるではないか。

イザベラの顔は、みるみる草の葉の様な色になった。

「おい、そこの馬車、来い。」

不意にフランス兵が怒鳴った。

もはや逃げることは出来ず、取り調べの列の最後についた。

イザベラは、ぴたりと窓を閉めた。

侍女たちは、がたがた震えた。

「お前、フランス人か?」

「ああ。」

アントニオはフランス語で答えた。

「それにしては、なんか様子が変だな。」

「そんなことないや。」

アントニオは叫んだ。

「お前のフランス語はおかしいぞ。」

「お前、本当にフランス人か?」

兵士たちは取り囲んでじろじろとアントニオを見た。アントニオの額に脂汗が噴き出した。

           つづく

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