第93話 フランスへ その四
馬車は午後、ミラノとの国境にさしかかった。
イザベラは、窓を閉めた。
少し行くと、フランス兵の声がした。
「その馬車、止まれ。」
イザベラは、目を閉じた。
「マントヴァの人間だな。何処へ行く。」
「口を慎め。」
アントニオが叫んだ。
「モンパンシエ公爵夫人キアーラ・ゴンザーガ様と知ってのことか。」
兵士たちは、ざわめいた。
「それでも、今は非常事態。ゴンザーガの御血筋の御方は、何としてもお通し出来ぬ。」
「何っ、お前ら、命知らずな」
イザベラは、体の震えが止まらなかった。
アントニオがすごんだ。
「亡きモンパンシエ公爵様はなあ、ルイ十一世陛下の御従弟であらせられたことを忘れたのか。
その奥方様の御帰国の邪魔をして、お前ら、ただで済むと思うな。」
兵士たちは、顔を見合わせた。
そこをすかさずアントニオは大音声で言った。
「奥様は、持病が悪化されて御帰国なさるんだ。一刻を急いで居られるところを、お前ら、こんな足止めさせて、そのせいで手遅れになっちまったら、どうしてくれるんだ、えっ」
アントニオは、ひるまず続けた。
「こうしている間も奥様の御命は危ないんだ。馬車の中で奥様は、お前らの血も涙もない言葉を胸が潰れる思いでお聞きになって、今すぐ死んでしまわれるかも知れないぞ。
ここで死なれてもいいのか!!」
「そ、それでは、お通りを。」
兵士たちは、おずおずと言った。
馬車は兵士たちが見守る中を通過した。
「アントニオ殿、有難うございました。」
人気のない野原まで来ると、イザベラは窓を開けてお礼を言った。
イザベラは、涙ぐんでいた。アントニオは、真っ赤な顔をしてうつむいた。
日が暮れ、一行は野に幾つも天幕を張った。
外は降る様な星空であった。
夜が明けると、一行はすぐまた出発した。
今日こそ、ミラノの街に突入するのである。
ここを迂回するには余計な日数を重ねねばならず、この焦眉の折りには事実上不可能であった。
そして、こここそフランス軍の本営が置かれ、町にはフランス兵が溢れているのだ。まさに難関中の最難関であった。
夕闇の迫る頃、ミラノの街の灯が遥か彼方に小さく見えてきた。
「奥様、どうなさいます?」
従者が小声で聞いた。
「参りましょう。暗い方が好都合です。」
刻一刻、町の灯が大きくはっきりと目の前に迫ってきた。
二人だけ連れて来た侍女はイザベラの向かいの座席で蒼ざめていた。イザベラも全身が硬直するのを感じた。
イザベラは馬車の窓を僅かに細く開け、隙間から外を見続けた。
「あっ」
つづく
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