第90話  フランスへ その一 

1500年2月イタリア全土は息を飲んだ。

あのロドヴィコ・スフォルツァが大軍を率いてアルプスを越え、ミラノへなだれ込んできたのだ。

ロドヴィコは亡命先のスイスのインスブルックで500騎のドイツ騎兵と8000のスイス人傭兵を集め、フランス軍が圧政と略奪を欲しいままにするミラノへ攻め込んだ。

ミラノの市民は狂喜し、熱狂して彼を迎えた。そして、フランス配下のスイス人傭兵たちまでが次々に彼のもとへ走った。

昨秋ロドヴィコを裏切りフランス軍の手先となってミラノを陥落せしめたスフォルツァ家傭兵隊長トリブルツォは敗走した。

スフォルツァ城を奪還するやロドヴィコは、真っ先にイザベラに手紙を書いた。

イザベラは身を震わせて事の成り行きを見守っていた。

イザベラはロドヴィコからの手紙を受け取るや、すぐに返事を書いた。

「私は、自らミラノへ馳せ参じて閣下と共にフランス軍と戦いとうございます。」


ロドヴィコからは引き続き援軍の要請の手紙が届いた。

フランチェスコは腕を組み目を閉じた。

イザベラはくい入る様にフランチェスコの顔を見つめ続けた。

不意にフランチェスコは目を開けた。

「ジョヴァンニを送ろう。」


すぐにフランチェスコの末弟ジョヴァンニはミラノへ向けて出陣した。

イザベラは、ロドヴィコのため、そしてジョヴァンニのため、朝な夕な祈り続けた。


4月、フランス軍が1万の大軍を率いてアルプスを越えミラノへ侵入したという報せがマントヴァに届いた。


「ジョヴァンニ様が、ジョヴァンニ様が、今お独りで」

フランチェスコもイザベラも表玄関へ走った。

「兄上、無念でございます。」

泥と血にまみれたジョヴァンニは、馬から降りるやうずくまった。

「スイスの傭兵どもが裏切ったのです。奴らはフランス軍が法外な報酬を出すと言った途端に寝返って」

ジョヴァンニは荒々しく拳で涙を拭った。

「ミラノ公は、傭兵に身をやつして落ちのびようとなさいましたが見破られ、捕えられました。」


フランス軍再占領下のミラノでは、スフォルツァ派の人々に恐ろしい運命が待っていた。

一昨年ロドヴィコをマントヴァに迎えるに当たってイザベラが様々な問い合わせをしたスフォルツァ家の廷臣ヴィスコンティはフランス軍に拉致された。

フェラーラ出身の優れた建築家で20年間スフォルツァ家に仕え、レオナルドの友人であったジャコモ・アンドレア・ダ・フェラーラは、ロドヴィコの復帰後ミラノに帰国していたが、スフォルツァ派として処刑された。


そして、フランス軍はマントヴァを包囲にかかった。

マントヴァとミラノの国境には、日に日にフランス兵の数が増え、部隊が増え、陣を形成していった。

                  つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る