第88話  レオナルド・ダ・ヴィンチ その四

年の暮れ、レオナルドは肺炎で倒れた。

イザベラは侍女たちと、つきっきりで看病を続けた。

この一両日、レオナルドはやっと峠を越した様であった。


「ここにいたのか。」

フランチェスコがつまらなそうな声を出してレオナルドの病室に入って来た。

「まあ、殿、そのお怪我は」

イザベラは驚いて立ち上がった。フランチェスコの頬に血がにじんでいた。

「ちょっと桜の木にぶつかったんだ。」

「まあ。 今お薬をつけて差し上げますわ。」

「いいよ、いいよ。」

フランチェスコは困った様な顔をしたが、イザベラが塗り薬をつけると上機嫌で出て行った。


暫くするとフランチェスコは、エレオノーラを肩に乗せて入って来た。

イザベラは振り返ってレオナルドが眠っていることを確かめると、小声で言った。

「殿、エレオノーラが肺炎になったらどうするんです。」

フランチェスコは慌ててエレオノーラを連れて出て行った。


夜になってフランチェスコは独りでまたやって来た。

そして、侍女たちを下がらせ、冗談を言ったりしながらいつまでも部屋を離れなかった。

「君は疲れているから、もう休みなさい。後は僕が見ていてあげるよ。」

フランチェスコはそう言いながら、間もなく椅子に掛けたまま子供の様な顔をして眠ってしまった。燭台の光がその寝顔を暗い部屋の中に照らし出していた。

イザベラは、長い時間泣いた。


夜半、イザベラは窓の外が明るいことに気がついた。

イザベラは静かに窓辺に歩み寄り、そっとカーテンを開けた。外は一面うっすらと雪が降り敷いていた。

「ああ、雪だわ。」

イザベラは、天を見上げた。イザベラには、雪の降る音が聞こえる様な気がした。

                    つづく


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