第84話 ミラノ陥落 その三
1499年が明けた。
「早馬でございます。お妃様からの早馬でございます。」
「何っ」
フランチェスコは立ち上がった。
イザベラは今、フェラーラにいた。
フランチェスコは手紙を受け取るや、荒々しい手つきで封を切った。
「ヴェネツィア・フランス間に条約締結との急使が、ただ今フェラーラに到着しました。 一刻も早く御耳に入れたく、早馬送ります。」
フランチェスコは頭を強打された様な気がした。
事態はとどまるところを知らなかった。
フランス王ルイ十二世は、法皇の息子チェーザレ・ボルジアに援助金と爵位を与え、ローマを味方に引き入れた。
さらにフィレンツェとも手を結び、完全なミラノの孤立化を図った。
5月、遂にフランチェスコは極秘にルイ十二世と会見し、剣を預けた。
王は喜び、聖ミカエル勲章を贈呈した。
イザベラは、ただひたすらロドヴィコのために祈り続けた。
秋になり、イザベラは風にも虫の音にもミラノを思い、涙を抑えることが出来なかった。
「イザベラ、イザベラ」
揺り起こされてイザベラは薄目を開けた。
「あっ、殿」
イザベラは、枕元のフランチェスコにしがみついた。
「どうだ、具合は。」
侍女たちも心配そうに取り囲んでいた。
「ミラノが・・・ミラノが燃えているんです。」
イザベラの唇は蒼白だった。
「可哀想に。 君は夜中に高熱を出してうなされていたんだ。」
その時、部屋の扉が激しく叩かれた。
急いで侍女が開けに行った。
侍女は、後ずさりした。
泥まみれの若者が両肩を抱えられて担ぎ込まれた。一気に部屋中に硝煙のにおいが立ち込めた。
「ミラノよりの急使でございます。」
イザベラは、息を飲んだ。
「昨日、ミラノが、ミラノが陥落しました。」
部屋はどよめきに包まれた。
「スフォルツァ家の傭兵隊長トリヴルツォが裏切ったのです。トリヴルツォはフランス軍の手先となり、先頭を切って侵入しました。
ミラノ公はベアトリーチェ様のお墓に立ち寄られ、最後のお別れをおっしゃると、いづこへともなく落ちて行かれました。」
いつかあたりはすすり泣きに変わっていた。
イザベラは、或る晩フランチェスコに呼ばれた。
フランチェスコは、何通かの手紙を見せた。
「マントヴァへの亡命の要請なんだ。スフォルツァ家ゆかりの人々から。」
イザベラは、うつむいた。
「他の国々は、フランスを恐れて拒否している。」
フランチェスコは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
「僕は」
フランチェスコは、暗い外を見た。
「僕は受け容れようと思う。」
イザベラは驚いて顔を挙げた。
「もう、乗り掛かった舟だ。
困った人を助けて神様がお見捨てになるわけが無いって、君はいつも言ってるだろう。」
フランチェスコは振り返った。
「私のために、私のためにそうおっしゃって下さるのですか?」
「違う。僕の考えがそうなんだ。君と一緒にいるうちに、いつの間にか僕までそんな人間になってしまったんだ。」
フランチェスコは笑った。
「僕はどこまでも君と一緒だ。それでだめなら悔いは無い。死出の旅路も一緒に行こう。」
フランチェスコはイザベラの目を見た。
「万に一つの折りは、エレオノーラのことはエリザベッタに頼もう。」
つづく
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