第83話  ミラノ陥落 その二

ロドヴィコは狂喜し、是非マントヴァへ行きたいと書いて送った。直接会って御礼が言いたい、と。

マントヴァでは、ミラノ公を迎えるための支度で大騒ぎになった。


イザベラは、ロドヴィコがベアトリーチェのためにまだ喪服を着ていることを聞いて涙がこみ上げた。そんなロドヴィコに、涙を振り払って前向きに生きる自分の思いが・・・ベアトリーチェへのこの自分の思いが理解してもらえるだろうか、と思うと心が暗然とした。

「私はもう泣いていない。喪服も着ていない。でも、それはベアトリーチェへの思いが浅いからではない。

私が精いっぱい明るく生きようとしている姿を御覧になってロドヴィコ様が

『自分には、やらねばならないことがあった。』

と思い出して下さいます様に。」

イザベラは、そう祈った。

ロドヴィコは悲しみのあまり自らの棺を作らせ、今はただ未来永劫ベアトリーチェの横に眠ることをのみ願っていると聞いていた。


6月8日イザベラはミラノに派遣した秘書のカピルピに手紙を書いた。

「閣下の御滞在中は、私の部屋を全て明け渡して、閣下の御使用に供します。『フレスコの間』と、その前室『日輪の小部屋』、そして格天井の部屋、その他です。

閣下には、格天井のお部屋にお泊りいただこうと考えて居ります。

ここには黒と紫の壁飾りを用意致します。閣下はまだ喪に服して居られるとお聞きしましたが、黒一色に致しますより、少しでも御心を和ませて差し上げたいと思うゆえでございます。そして、この折りだけでもしばし悲しみをお忘れいただきたいという私たちの切なる願いを表したかったのでございます。

でも、このことを一度、ご相談いただけませんでしょうか? もし、直に閣下にこの様なことを申し上げるのは良くないとお考え下さいますなら、ヴィスコンティ様およびフェラーラの使節アントニオ・コスタビリ様にお話し下さいませ。そして、その方々の御意見をお知らせ下さいませ。たとえ閣下が御自分のお気に入りの壁掛けを持ってお越しになる様なことがございましても、こちらで全く壁飾りを用意致しませんのは不都合かと存じます。

それから、前にもお願い致しましたが、閣下が日々どの様なワインをお召しか、そして私は如何なる服を、やはり黒い服を着ますべきか、お知らせ下さいませ。」

ロドヴィコは、このイザベラの心遣いに深く心を打たれた。そして、自分がどんなに感激したか、率直に手紙に書いてきた。

数日後イザベラが過労から熱を出したと聞くと、ロドヴィコはすぐ自分の道化師バローネを呼び、面白い芸で侯妃をお慰めする様申しつけてマントヴァに遣わした。


6月27日ロドヴィコは1000人の従者を従えてマントヴァに入場した。

ロドヴィコは何よりも宮殿の壁という壁を覆い尽くす見事なフレスコ画と、ストゥディオーロに集められた珠玉の芸術品に驚異の目を見張った。

「いつの間に・・・」

ロドヴィコは絶句した。

やがて、イザベラの方に向き直ると、ロドヴィコはしみじみと言った。

「羨ましい。 貴女の若さが。 そして、この国の若さが。」

ロドヴィコは椅子に掛けた。

「ミラノは大木です。しかし、もう老木です。倒れるを待つだけの」

イザベラは、首を振った。

「侯妃、何故 貴女は・・・何故見捨てないのです? イタリア中がミラノから、

このロドヴィコから離れて行こうとする時に。」

イザベラは、目に涙をためた。

「紫のゆかりでございます。」

ロドヴィコは顔を挙げた。

「一本(ひともと)の紫草を愛すれば、同じ野に咲く花はみな愛惜せずにはいられません。」

イザベラの頬を涙が伝った。

ロドヴィコはうつむき、声を立てずに肩を震わせた。


フランチェスコはロドヴィコのために数々のトーナメント(騎馬試合)や喜劇を催した。ミラノの廷臣たちは、公爵がこんなに明るい顔をして笑ったのは一年ぶりだ、と言った。

3日間の忘れ難い滞在を終え、ロドヴィコは何時までも船の上から手を振りながらミラノへ帰って行った。


11月初旬、フランチェスコとロドヴィコの間に協定が調印された。

ロドヴィコはイザベラの尽力に感謝し、心を込めて御礼状を書いた。

                    つづく

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