第82話 ミラノ陥落 その一
翌1498年4月、イタリアは重大な運命の転機を迎えた。
「イザベラ、どうした?」
ミラノ公ロドヴィコ・スフォルツァからの手紙を読むイザベラの手が震え、
顔はみるみる蒼白になっていった。
イザベラは手紙を差し出した。フランチェスコは引き取ると、食いつく様に読み始めた。
「・・・フランス国王シャルル八世陛下崩御」
フランチェスコの顔から一気に血の気が引いた。
「・・・王に御世継ぎ無く、ルイ・ドルレアン公即位したもう由承り候・・・はや我が命運も極まれりと」
ロドヴィコは、ミラノが狙われていることを知った。新国王ルイ十二世は、スフォルツァ家によって倒された元のミラノ公爵ヴィスコンティ家の末裔であり、ミラノの支配および北イタリアの征服という大きな野望を抱いていたのだ。
フランチェスコは戦慄が走るのを覚えた。3年前、対仏大同盟の総大将としてオルレアン公ルイをノヴァーラで包囲し、遂に陥落させた時のことがまざまざと脳裡に甦った。あのルイが今、王位に就き、虎視眈々と機会を伺っているのだ。
ロドヴィコは即座に神聖ローマ皇帝マクシミリアンと同盟を結んだ。
そして、この新しい同盟軍の指揮官をフランチェスコに依頼して来た。
「殿、どうしても駄目でございますか?」
「落ち着いて考えてみて。それは僕だって、出来る限りのことはして差し上げたい。 でも、これだけは無理だ。」
「殿、後生でございます。」
「どうして・・・どうして、分かってくれないんだ。聡明な君が。
これは、絶対に勝ち目の無い戦なんだ。」
イザベラは、涙を浮かべた。
「私は、どうしてもロドヴィコ様をお見捨てすることは出来ません。」
フランチェスコは何も言えなかった。フランチェスコは何時もイザベラを賛嘆の目で見ていた。どんな男性も真似のできない不思議な力の持主だと信じていた。イザベラは、この8年間にマントヴァの名を一気にヨーロッパ中に知らしめた。誰からも愛され、どんな難しい相手も説き伏せ、そして絶えず周りの人間に信念に満ちて希望を説くイザベラ。フランチェスコは、自分があの数多の勝利を収めることが出来たのもイザベラの御蔭だと信じていた。そして、フランチェスコは、イザベラのこの不思議な力の根源にあるのが愛情深さだと知っていた。これがイザベラを何事も愛さずにはいられない思いへと駆り立て、全てのことに全身全霊で打ち込ませ、そして人の心を打つのだ、と。
今、あらゆるイタリアの諸侯が、窮地に立つロドヴィコから離れて行こうとする時に、イザベラは独りロドヴィコを見捨てることが出来ないと言う。
フランチェスコは、目をつむって受諾書に署名した。
つづく
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