第81話 絆 その十五
翌日、アルフォンソが馬で駈けつけた。
「お姉様、すぐフェラーラに。
お父様も待っています。
この度のことを相談しましょう。」
不眠不休で馬を飛ばして来たアルフォンソは、苦し気に肩で息をしながら言った。
イザベラは、悲嘆に暮れるフランチェスコを独り置いていくことが心配でならなかった。フランチェスコは勇猛果敢である反面、非常に壊れ易い一面を持っていることをイザベラは知っていた。
イザベラは後ろ髪を引かれる思いで船に乗った。
フェラーラでは、沈痛な面持ちの父が出迎えた。そして、父とイザベラとアルフォンソの3人で話し合いを始めたが、イザベラはその間もフランチェスコのことを思うと気が気ではなかった。
結局、何も結論を見い出せないままイザベラはフェラーラを後にした。
船の上でイザベラは、或る決意をした。
マントヴァに帰り着くとイザベラはフランチェスコの部屋へ走った。
扉を開けた途端、イザベラは立ちすくんだ。
暗い部屋の中でフランチェスコは独り、真っ黒な服に身を包んで座っているのだ。
その顔は蒼くやつれ、目は死人の様だった。
そして、何より痛々しかったのは、首にはめられた鉄の輪だった。それが何を意味するものかイザベラには分からなかったが、途方もないフランチェスコの悲しみがイザベラの目にしみた。
「殿」
イザベラは歩み寄り、フランチェスコの足元に膝まずいた。
「殿、どうか私とエレオノーラを、ヴェネツィアへ人質に出して下さいませ。」
フランチェスコは深い驚きの色を見せたが、すぐ首を振った。
「そんなことは・・・そんなことは、命に代えても出来ない。」
イザベラは、目に涙をためて言った。
「殿、何としてでも長老に、殿の誠意を、真実を、お分かりいただかねばなりません。そのためには、私はどうなっても構いません。」
フランチェスコは涙を浮かべて首を振った。
「殿、お願いでございます。たとえ駄目でも、私は何もしないまま手をこまねいていることは死ぬより辛うございます。」
そう言って、イザベラは涙を流した。
遂にイザベラの熱意に押し切られ、フランチェスコは身の刻まれる思いでヴェネツィアへ旅立った。人質の申し出をするために。
イザベラはエレオノーラを抱きしめて、フランチェスコの船が見えなくなるまで船着き場に立ち尽くしていた。
しかし、フランチェスコは長老との面会は許可されなかった。
そればかりでなく、長老への贈り物も全て持って帰る様に言われた。
イザベラの懇願により、フランチェスコはその夏中、何度もヴェネツィアへ足を運んだが、遂に長老に会うことも贈り物を届けることも許可されなかった。
イザベラは、或る晩フランチェスコを探した。部屋にいないのだ。お城の中を隅から隅まで探したが、フランチェスコの姿は何処にも無かった。
イザベラは外に出た。そして、お城のめぐりを探し歩いた。
「あっ」
フランチェスコは暗い庭で独りたたずんでいた。その後ろ姿は、風に震える木の葉の様に寂しげに見えた。イザベラは、声をかけることが出来なかった。
「君か」
フランチェスコは振り返って嘆息をついた。
あたりは虫の音がしきりだった。
「昔のことを思い出していたんだ。」
「殿」
イザベラは、涙が出そうになるのを抑えて言った。
「どんなに不本意に、不幸に思うことがあっても、心の正しい人間には、必ずそれがいいことになって返って来るんです。
殿、明るくしていれば、必ずいいことになって返って来るんです。
悪い人が長続きしたことはございません。
きっと、総司令官として今一度御出陣なさいましたら、殿は御命を落とされたのでございましょう。私は、そんな気が致します。」
イザベラは、頬を染めた。
「殿は、マントヴァの殿でいいのです。 それだけで。」
フランチェスコは頭を垂れた。
やがて顔を挙げると、フランチェスコはいたずらっぽい目で言った。
「マントヴァの? マントヴァだけの?」
イザベラは、目をうるませながら微笑んだ。
「マントヴァと、そして私の」
フランチェスコは笑みを浮かべ、乱暴にイザベラの肩に手を掛けると、二人で連れ立ってお城の中に入って行った。
つづく
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