第80話 絆 その十四
その頃イザベラは、フランチェスコの要請でヴェローナを訪れていた。
そして行く先々で歓迎の人々を魅了していた。
ヴェネツィアの長老は、イザベラのために指令を発した。マントヴァ侯妃にどこまでも礼を尽くし手厚くもてなす様に、と。 そればかりではなく長老は、侯妃がヴェローナに滞在を続ける限り、その饗応のため日々25ドゥカートを支給する様、命じた。
ヴェローナ滞在中、イザベラの前でフランチェスコ解任のことを口にする者は誰も無かった。
数日後、イザベラはマントヴァに帰った。
お城の前まで来ると、夜なのにフランチェスコの部屋の窓には灯りが無く、イザベラはどうしたのかと思った。
裏玄関に入ると、イザベラは何かただならぬ空気が流れているのを感じ取った。
イザベラは、フランチェスコの部屋へ急いだ。
扉を開けると、ただ1本の蠟燭が灯されているきりで、フランチェスコは魂が抜けた様に坐っていた。
「解任された。」
「えっ」
「ヴェネツィアの総司令官を解任された。」
イザベラは我が耳を疑った。
あれほど華々しい勝利を収め、ヴェネツィア中で英雄と謳われ、そして何より長老から格別の信任を受けていたフランチェスコが。
それに、このヴェローナ滞在中も長老は非常に好意的な心遣いを見せてくれていた。
「裏切った、と言うんだ。」
「どういうことです。」
「フランス王と密通していると。」
「殿、長老がそうおっしゃったのですか?」
「いや、長老には会わせてくれなかった。」
イザベラは、息を飲んだ。
「陰謀です。 あの人たちの陰謀です。
長老は殿を信じて下さって居られました。まだ23歳だった殿を総司令官に御抜擢下さったのも、そして、殿が武勲を立てられます度に我が事の様に一番お喜び下さったのも、長老だったではございませんか。まるで御自分の御子息のことの様に。
『あれは大した奴だ。 やっぱり、わしの目は高い。』
が長老の口癖でした。それを激しい妬み嫉みの目で見ている人間がどんなに沢山あの国にいたか、殿もよく御存知のはず。
そればかりではございません。ヴェネツィアの国内で殿の人気が高まり、人々が称賛して下さる度に、彼らはどんな思いで殿の失脚を願ったか、私はよく聞いて居ります。
殿は戦場にいらして御存知なかったかも知れませんが、捕虜になられたバスタル・ド・ブルボン様に私が礼を尽くしておもてなし致しましたことも、そして重病に陥られたモンパンシエの兄上に殿が陣中見舞いを贈られましたことも、彼らはことごとく、フランス寄りのマントヴァ侯の裏切り行為だと言って騒ぎ立てたのでございます。」
フランチェスコは、驚いて顔を挙げた。
「フランス王と密通ですって? そんなこと、あの人たちなら何とでも捏造するでしょう。 第一、キアーラお姉様の亡き御夫君モンパンシエ公爵はフランス王の従弟でいらっしゃいました。お姉様とのお手紙まで、その気になれば何とでも申すことは出来ます。
『マントヴァ侯がフランスの王族と文通している』とか。」
フランチェスコは呆気に取られてイザベラを見上げた。
つづく
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