第78話  絆 その十二

気がつくと、枕元でフランチェスコが心配そうに見つめていた。

フランチェスコは侍女たちを去らせた。

二人だけになると、堰を切った様に涙が流れた。フランチェスコは何も言わずに深いまなざしで見ていた。イザベラは、身も世も無く泣き続けた。

やがて、フランチェスコは静かに出て行った。

厚いカーテンを通して、夕暮れの光が重苦しく部屋を包んでいた。


明け方、イザベラは寝台から起き出した。

この薄青い光・・・イザベラの心は震えた。

「どこにも いないの」

イザベラは、魂が消え入る様な気がした。


朝、フランチェスコが静かに入って来た。

フランチェスコは何も言わずに枕元に坐った。

「体の半分を」

イザベラは、遠くを見る様な目で言った。

「体の半分を、失ったみたいなの」

イザベラは涙を流した。

「私はベアトリーチェと8年間も離れ離れだったの。子供の時。」

フランチェスコは涙を浮かべて聞き入った。

「でも、この先、ずっとずっと人生があると信じていたわ。その8年を埋める人生が。」

イザベラは泣き崩れた。

「この世は、無意味よ」

フランチェスコは、無言のまま首を垂れた。


夕方、イザベラは起き出して窓辺に立った。

夕日が空を茜色に染めていた。

「遠い国へ行ってしまったのだわ。」

イザベラは、とめどなく涙を流した。


夜明けにフランチェスコが入って来ると、イザベラはまだ泣いていた。

「イザベラ」

フランチェスコは思いつめた声で言った。

「イザベラ、君は幸せにならなくちゃいけないんだ。」

イザベラは驚いてフランチェスコの顔を見た。

「君が幸せにならない限り、ベアトリーチェ殿も幸せにはなれないんだ。」

フランチェスコの目には涙が光っていた。

「イザベラ、君はヴィルギリウスを、プルタークを、どう思う?

彼らは永遠の命を与えられているじゃないか。

ベアトリーチェ殿だって・・・ベアトリーチェ殿だって、永遠にこの地上に生き続けることが出来るんだ。 21歳で終わりではないんだ。」

イザベラは驚きのあまり声も出なかった。

「イザベラ、立派になれ。君が立派になればベアトリーチェ殿の名だって残る。」

「そんなこと無理です。」

「無理かどうかはやってみなくちゃわからないじゃないか。」

イザベラはさめざめと泣いた。 フランチェスコは黙って首を垂れた。

やがて顔を挙げると、イザベラは静かに言った。

「私は、これからベアトリーチェを探して生きていきます。」

夜明けの透き通った光が部屋に満ちていた。

                  つづく

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