第75話  絆 その九

イザベラは、ずっとフランチェスコの枕元に坐り続けた。

「お妃様、もうお休み下さい。後は私が致します。」

夜、あの使者の若者が言った。

「どうも御親切に。でも、私はこうしているのが一番落ち着くのです。」

「お妃様はお疲れです。お身体を壊されます。」

若者は誠実な態度で言った。

「あの・・・まだ貴方のお名前は聞いて居りませんでしたね。」

「私は、アントニオ・アルベルティと申します。」

「アントニオ殿、この度は本当にいろいろと有難うございました。

これより後も、殿をよろしくお願い致します。」

アントニオは頬を染め、感極まった様子であった。


イザベラは、アントニオを休ませ、自分はフランチェスコの枕元に坐り続けた。

燭台の蝋燭の火が、ゆらめきながらその寝顔を照らしていた。

夜半、フランチェスコは何度か目を覚ました。そして、枕元のイザベラの顔を見ると、また眼を閉じて寝入った。

天幕の外では松の枝を吹く風の音が夜通し聞こえた。


夜が明けると、アントニオは肩を貸してフランチェスコを馬車に乗せた。フランチェスコは座席に横たわり、イザベラとジギスムントはその向かいの座席に座った。

「姉上はゆうべ寝て居られませんから、今お休み下さい。

兄上は私が見ています。」

ジギスムントはそう言ってくれた。イザベラは、はっと気がつくと眠っていたことが何度かあった。

馬車は病人を気遣って、のろのろと北へ向かった。

単調な車輪と蹄の音を聞きながらイザベラは、これが夢か現か、いつの世に自分がいるのかも分からない様な、気の遠くなる思いがした。

フランチェスコは時折り目を開けたが、すぐにまた眠ってしまった。


馬車は何日も旅を続けた。

夜は兵士たちは皆、天幕で寝たが、イザベラは重病人を動かさないほうがいいと思って、フランチェスコを夜も馬車で寝させ続けた。

外は満点の星空であった。


馬車はまた何日も旅を続けた。

途中、幾つも川を渡った。時折り窓外に目をやると、見渡す限り乾いた葡萄畑やオリーブ畑が続いていた。


やがて馬車はラヴェンナに到り、そこで一行は船に乗り換えた。

船は晩秋のポー川を遡って行った。

暗い船室でイザベラはフランチェスコの枕元に坐り続けた。

フランチェスコは時折り目を覚ましたが、ほとんど喋らなかった。


静かな夜であった。

船に弱く打ち寄せては引く波の音が、胸にしみる様に心細く聞こえた。イザベラは、暗い川面が見える様な気がした。フランチェスコも目を開け、それに聞き入っている様であった。

「マルゲリータは?」

だしぬけにフランチェスコは言った。イザベラは、ただ目に涙を浮かべた。

それを見て、フランチェスコはまた目を閉じた。

                   つづく

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