第70話 絆 その四
カラブリアの戦いは、イザベラが危惧した通り、長引き、泥沼に陥っていった。両陣営双方が深く傷つき、消耗し尽くした。
7月29日、遂にモンパンシエは主要都市アテッラを明け渡した。
そして、その直後、モンパンシエは重病に陥ったのである。
敵に対して常に礼を払うことを信条としていたフランチェスコは、丁重にフランスの陣営に医師とお見舞いの品を送った。この行いに両陣営は深く心を打たれ、モンパンシエは涙を流して感じ入った。
しかし、ヴェネツィアの国内では、フランチェスコを妬む者がこぞって、これこそフランチェスコ・ゴンザーガの裏切り行為、と長老に讒言したのである。
フランチェスコはナポリへ戻る道、ローマへ立ち寄り法皇アレクサンデル六世と会見した。法皇は非常に好意的にフランチェスコを出迎え、黄金の薔薇を贈った。
酷暑を迎えマントヴァでは、マルゲリータの体力が衰えを見せ始めた。
イザベラは胸も潰れる思いで、つきっきりで看病した。
「私があの様なことを考えたばかりに・・・神様、これは私へのお裁きでございますか?」
イザベラは涙に暮れて、必死で祈った。
「神様、どうか私の命をお取り下さい。この子は何の罪も無いのです。
私の命と引き換えに、マルゲリータをお助け下さい。」
イザベラは、一心不乱に祈り続けた。
マルゲリータは寛解と悪化を繰り返し、一進一退の日々であった。イザベラはそのたびに、嬉し涙を流し、絶望の淵に突き落とされた。イザベラは、マルゲリータのゆりかごから一時も離れず、ほとんど眠らず、食事も喉を通らなかった。
イザベラの顔は痩せ、修道女の様に青白かった。
「お妃様、ナポリから早馬でございます。」
慌ただしく侍女が駈け込んで来た。イザベラは驚いて立ち上がった拍子に目の前が暗くなり、倒れそうになった。イザベラは、危うく侍女に支えられた。
「お妃様・・・」
「有難う。 本当にもう大丈夫です。」
イザベラは蒼ざめた顔で、しかし落ち着いた足取りで、きぬずれの音をさせながら夏の居間に向かった。
使者は、汗でしとどであった。
「大変お待たせいたしました。」
イザベラは静かに席に就いた。
「お妃様、殿様が瀕死の御病気でございます。」
その瞬間、すっと気が遠くなった。それでも必死でもちこたえ、イザベラは意識を失わなかった。イザベラの顔は、さらに蒼白になった。
「お妃様、何卒一刻も早くお越しを。」
使者はたたみかけた。イザベラは窓の外に目をやった。
部屋の中は沈黙が流れ、蝉しぐれだけが聞こえた。
イザベラは、涙をためて使者に向きなおると言った。
「私は参ることが出来ません。 鬼と思って下さい。
私は参ることが出来ません。
マルゲリータが死にそうなのです。」
イザベラは、そのままはらはらと涙を流した。
使者も侍女もうつむいて泣き出した。
日は西に傾きかけていた。
「わかりました。私はナポリへ戻ります。
殿様は、明日にもフォンティに移られます。」
「フォンティに?」
「はい。 殿様は昔、占いで『ナポリで死ぬ』と言われましたそうで、明日にも担架でフォンティに。」
イザベラは、目を閉じた。
使者は少し休むと、馬を替えて帰って行った。
その夜、イザベラはマルゲリータの枕元で独り静かに祈りを捧げた。
もはや この身は、地上に生きながら我が身ではない様に感じられた。
つづく
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