第69話  絆 その三

イザベラは、嘆き悲しむキアーラを慰め励まし続けた。政務室から何度も呼ばれながら、キアーラの話し相手をやめられず、顧問官たちに待ってもらうこともしばしばだった。キアーラは、イザベラが政務室から帰って来るのを待ち焦がれていた。イザベラは毎日時間を見つけてはキアーラの部屋へ行き、心の底から話し相手になった。


5月下旬、マンテーニャの「勝利の聖母」は完成した。

イザベラとジギスムントは、盛大な式典を挙行して祝った。

6月10日イザベラは陣営のフランチェスコに手紙を書いた。

「マンテーニャ先生がお描きになりました聖母画『勝利の聖母』は、先週水曜日6月6日先生の御宅から、この度新たに建立されましたサンタ・マリア・デラ・ヴィットリア(勝利の聖母)礼拝堂まで運ばれました。

この絵は末永く、去年の戦と殿の武勇を後世に伝えることでございましょう。

行列には、今まで私がこの国に参りましてから見たこともございません様な多くの人々が集まって下さいました。私の聴罪師のフラ・ピエトロ様が荘厳ミサで素晴しい演説をなさいました。そして、心にしみわたる様な御言葉で、殿が御無事に、勝利をお収めになってお帰りになります様、聖母マリア様にお祈り下さいました。

身重の私には、とても行列に加わって歩くことは無理でございましたので、ジョヴァンニ様のボルゴのお屋敷で、行列が行き過ぎます様を拝見させていただき、すぐお城に帰りました。

お城のそばには新しい礼拝堂がございます。 礼拝堂は美しく飾られ、道には人が溢れていました。」

式典に参列したジギスムントは、その有様を詳しく兄フランチェスコへの手紙に書いた。天使や十二使徒に扮した若者がマンテーニャの家の前で賛美歌を合掌し、新しい礼拝堂には沢山の蝋燭や松明が灯されて捧げものが山と積まれ、そしてピエトロ修道士がフランチェスコに言及した途端、人々は熱狂的な歓声を挙げて感涙にむせんだ、と。

大臣のアンティマコは手紙の中で、聖母画は非の打ちどころのない傑作であると絶賛し、人々は恐ろしくなる様な勢いで絵の周りに駈け集まり聖母と侯爵の絵姿に我を忘れて見入った、と書き送った。



1496年6月13日、イザベラに女の子が誕生した。その子は、フランチェスコの亡き母の名をもらってマルゲリータと命名された。

イザベラは、喜びの中にも失意を隠すことが出来なかった。いけないと思いながらも、この子が男の子だったら・・・という思いが頭をもたげるのを抑えることが出来なかった。 この国に来て6年になるのに、まだ世継ぎが授からないということは国の存亡に関わる重大事であった。ミラノの公子たちのことを思うと、イザベラの心は千々に乱れた。イザベラは、すやすやと寝息を立てているマルゲリータの顔を見て涙することがあった。


意外にも、フランチェスコは手放しに喜んだ。この様な人物は、この15世紀のヨーロッパを隅々まで探しても珍しかった。フランチェスコは、イザベラ生き写しのエレオノーラを盲愛していた。そして、マルゲリータが父親似で、しかもエレオノーラに負けないくらい可愛いと聞かされ狂喜した。

フランチェスコは、イザベラの嘆きを知って即座に手紙を書いた。

今に必ず神様が男の子を授けて下さる、と。

マルゲリータは、透き通る様な肌をしていつもすやすやと眠り続けた。

                   つづく

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