第66話  イタリア戦争 その十二

ヴェネツィアゆかりのフランチェスコの活躍に、ヴェネツィア中は狂喜乱舞し、国を挙げてのお祭り騒ぎになった。 長老は

「やっぱり、わしの目は高い。」

を連発して、喜びのあまりフランチェスコの年俸を2000ドゥカート増額。

さらにイザベラにまで1000ドゥカートの年金を約束した。

しかし、長老の周囲には、この栄光を嫉妬の渦巻く目で見ている者が少なくなかったのである。


フランチェスコはイタリア全土で、いにしえのハンニバルやスキピオに例えられた。

詩人たちがこぞって褒め称え、フランチェスコがイタリアの解放者として全イタリア人から称賛されても、イザベラは恐怖におののく心を抑えることが出来なかった。

イザベラは、ノヴァーラでオルレアン公を包囲しているフランチェスコに手紙を書いた。

「あんなに何時も何時も危険を冒されて、いくら御手柄をお立てになっても私はちっとも嬉しくございません。どうか殿、くれぐれも御身御大切に。そしてもう、あの様な危ないことはおやめ下さい。

それから、大将は全体の形成を総括的に把握しながら絶えず指令を出さねばなりませんのに、そんなに最前線で戦っていらっしゃいまして、大丈夫なのでございますか?

殿の指揮一つに、何千何万という人々の命がかかって居りますことを思い、敢えて申し上げるのでございます。 お許し下さいませ。」

そしてイザベラは、1歳7か月のエレオノーラの名で、次の様な小さな手紙を同封した。

「大好きなお父様、強いお父様、私はゆりかごの中で寝ていても、お乳を飲んでいる時も、何時も何時もお父様の勝利を称える歌声を聞きます。

お父様はフランス軍を打ち負かし、追い払い、イタリアを怖いおじさんたちの手から解放して下さいました。

イタリア中の人々がお父様のことを褒めて下さるので、私はとっても嬉しいです。」


フランチェスコは殆ど時間が無く、8月28日にやっと短い手紙を書いた。

自分は日夜馬の背に揺られて行軍を続け、体がもっているのが不思議なくらいだ、と。

フランチェスコはまた、自分は戦ばかりでなく、同盟軍内に於けるイタリア人兵士とドイツ人兵士の絶え間ない争いに、断腸の思いを味わっている、と書いた。つい先日の小ぜりあいでは120人もが死んだ、と。

そして、どうかトランプを送って欲しい、今の自分には何一つ慰めが無い、と書いた。


遂にノヴァーラは陥落し、シャルル八世はミラノ公ロドヴィコと平和条約を締結した。

秋、フランチェスコはヴェルチェッリでシャルル八世と会見した。

シャルル八世はフランチェスコを丁重に迎え、見事な馬を送った。

その日フランチェスコに同行した詩人は、後日イザベラに手紙を書いた。

シャルル八世は名高いマントヴァ侯妃のことを心から知りたがっている様子で、その美しさや教養、人柄などを事細かしく尋ねた、と。

そして、是非親友になりたい、と25歳のフランス王は若者らしい率直さで言った、と。


イザベラは、頬を染めてその手紙を読んだ。

戦争が終わる。

熱いものが胸いっぱいにこみ上げてきた。

戦争が終わる。

イザベラは、何度も何度もこの言葉をかみしめた。


遂にフランス軍はアルプスを越えて帰って行った。

そして11月1日、フランチェスコはマントヴァに華々しく凱旋した。町中は大騒ぎになり、人々は一目フランチェスコを見ようと家々から飛び出して来て、手を振り叫び声を挙げた。

道には花が撒き散らされた。

「泣くなよ。」

いくらフランチェスコに言われても、イザベラは涙が止まらなかった。

後から後から涙が湧いて来て、とうとう顔を覆って泣き出した。

フランチェスコは乱暴にイザベラの頭を撫でた。

その途端、人々は万歳を叫んだ。

人々は、何度も何度も万歳を叫んだ。

その声はマントヴァの山野に広まり、いつまでもこだまし続けた。

                 つづく


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