第65話  イタリア戦争 その十一

シャルル八世は間一髪、追手から逃れた。しかし、王を救ったバスタル・ド・ブルボンは自らが捕虜となった。

彼はマントヴァに送られた。イザベラは、礼を尽くしてバスタル・ド・ブルボンを迎えた。

敵と言えども、或いは、敵ならばなおさらもののふには礼を払わねばならないという信念がイザベラにはあった。

そして、バスタルの顔を見た時、もう一つの思いが胸にこみ上げてきた。この方の御家族は、今頃どんなに心配し嘆き悲しんで居られるであろう、と。イザベラは急に我が事の様に悲しみで胸がいっぱいになった。

そして、故郷を遠く離れ、囚われの身となったバスタルの心中を思うと胸が絞めつけられる様に痛んだ。イザベラは涙がこみ上げたが、急いで振り払い、笑みを浮かべた。もし涙を見せれば、この高貴な武人は傷つくに違いないと思って。

イザベラはどこまでもバスタルに礼を尽くし、心を込めてもてなした。

「お妃様は、このフランスの伯爵に何一つ不自由させなさいません。」

イザベラの秘書のカピルピは、フランチェスコにそう書いて送った。

2か月後、バスタルは帰国を許された。イザベラは、我が事の様に泣いて喜んだ。

「お妃様の御恩と、女神の様な御心は終生忘れません。」

バスタルは涙を浮かべ深く一礼すると、馬上の人となった。

イザベラはいつまでもたたずんで見送り続けた。


このイザベラの徳望は、たちまちのうちに伝え広まり、フランス人も、そしてイタリア人も感嘆した。

しかし、唯一つの例外があった。ベネツィアである。ヴェネツィア国内には以前からフランチェスコの栄光を妬む者が少なくなかった。自らが総司令官の地位を望んだ者はなおさら、そうでない者も、武勇の誉れ高く、人々から愛され、長老から格別の信任を得ているフランチェスコに激しい嫉妬を燃やす者が、貴族や政治家、軍人の中には少なくなかった。

彼らはこの度のイザベラの行いを、フランチェスコのフランス寄りの心の表れとして危険視する様、長老に讒言したのである。


フランス王の陣営から持ち帰られた戦利品には、王の刀と兜、国家の印形を入れた銀の小箱、数多の聖遺物などが含まれていた。

フランチェスコは、その殆どを礼を尽くしてシャルル八世に返した。

ただ、一揃いのつづれ織りだけは戦勝品としてマントヴァに送った。あの、戦場で折れた自らの刀と一緒に。

イザベラは、それらを押し戴く様にして受けた。

そして、フランチェスコの折れた刀は、彼の弟ジギスムントに譲った。聖職者であるジギスムントが持っている方が、刀にとっても供養になると思って。

ジギスムントはフランチェスコに手紙を書いた。

「僕にとってこの刀は、マントヴァの守護聖者ロンギヌスの槍と同じくらい尊い。

この刀がイタリアをフランス人の手から解放したのです。」

                     つづく

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