第64話  イタリア戦争 その十

敵の将軍と剣が火花を散らした瞬間、不意にフランチェスコの馬がくず折れた。首を槍で刺されたのだ。あわや地面に投げ出されそうになった、そこを目がけて敵は剣を振り下ろした。とっさにフランチェスコの剣はそれを受け止め、渾身の力で跳ね返した。そしてひるまず二の太刀を浴びせかけると、敵は落馬。

フランチェスコは敵の馬の手綱を掴むと、ひらりと飛び移り一鞭当てた。

そこを目がけて第二の敵が突進して来た。フランチェスコは、はっとして身をかわし、激しく太刀を振り下ろした。敵はそれを受け止め、凄まじい一騎打ちが始まった。火花が散った。

「あっ」

フランチェスコが身をかわした瞬間、敵の刀が馬の首にぶち当たった。馬は血しぶき挙げて倒れた。しかし、フランチェスコの左手には敵の手綱が握られていた。敵は刃を振り下ろした。それを跳ね返し、フランチェスコは左腕に渾身の力をこめて敵の馬に乗り移った。敵は激しく太刀を浴びせかけたが、身をかわし、跳ね返し、フランチェスコは敵の首に腕を掛けると二人で落馬した。そこでまた死闘が繰り広げられた。刀は激しくぶつかり合い、恐ろしい音を立てて火花を散らした。しかし遂に、敵は血しぶき挙げて倒れた。

フランチェスコは肩で息をしながら、敵の馬の手綱を掴むと飛び乗った。

顔も手も服も返り血で真っ赤だった。

辺りは硝煙と土煙で地獄さながらだった。

「やられた」

馬は流れ弾に当たってくず折れた。フランチェスコは飛び降りて、太刀一つを握りしめ戦場を歩いた。

「あっ」

とっさにフランチェスコは受け止めた。馬上から敵が切りつけたのだ。敵は何度も振り下ろした。そのたびにフランチェスコは受け止めたが、徒歩と騎馬では目に見えていた。それでもフランチェスコは跳ね返し続けた。

敵は太刀を両手で持つと力任せに振り下ろした。その瞬間、フランチェスコの刀は折れた。とどめを刺さんと振り下ろされた第二の太刀をフランチェスコは手に残る半分の太刀で受け止めた。そして、敵が第三の太刀を振り下ろした瞬間、フランチェスコは目を閉じ、胸にかけた小さな十字架を鎧の上から押さえた。

フランチェスコは、はっとした。目を開けた瞬間、敵の姿は馬上に無かった。

「殿」

「アレッサンドロ」

「殿、これを」

アレッサンドロ・ダ・バエッソは自らの太刀をフランチェスコの手に握らせた。あっと思った瞬間、アレッサンドロは馬に一鞭、走り去った。


「お妃様、トロイのヘクトールの時代から今日まで、我が殿の様に戦った英雄はこの世に一人も居りません。

殿は御手ずから十人を打ち負かされました。

どうか詩編の一つもお妃様からお捧げ下さいませ。

殿が生きて無傷で居られますのは、まさに奇跡そのものです。」

フランチェスコの救済に命を賭して駈けつけたアレッサンドロ・ダ・バエッソは、この様に書いた。

          つづく


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