第62話  イタリア戦争 その八

昇天日の前夜祭に小さな出来事が起こった。

行列がダニエル・ノルサという銀行家の家のを場を通りかかった時のこと、人々の目は家の外壁に描かれた一群の滑稽な絵に惹きつけられた。その絵の傍らには神に対する不敬な言葉が書かれていた。それは何者かの悪戯だったのだが、人々は一斉に叫び声を挙げ、その絵目がけて石を投げつけた。しかし、当局が即座に出動した御蔭で、大事に至らずに済んだ。

ところが後日、この出来事を針小棒大に誇張して陣営のフランチェスコに手紙を送った人物がいたのである。

イザベラはフランチェスコに書いた。

「この様な悪質な作り話の考案者は、イタリアを守ることに邁進なさって居られます殿の御心をかき乱しても一向に平気でございます。そして、私ばかりでなく顧問官一同の名誉も全く無視して居ります。

どうか殿、御心を平らかにお持ち下さいませ。

私は人々の協力を得て、間違いが起こりません様、心がけて居ります。

そして、この国の人々にとって良いことは、可能な限りどんなことでも実践致して居ります。

私が何も申しませんのに、誰かが殿に、騒動が起こったなどと申しましたら、それは虚偽と見なして下さいませ。

私は役人たちともよく話し合って居りますし、一般の人々にも

『いつでも私の所へ来て下さい。』

と申して居りますので、決して私の知らないうちに騒動が起こっている様なことはございません。」


3日後、フォルノヴォで最初の戦闘が行われたことがマントヴァに知らされた。

「我が敬愛する殿

 今日までお便り致しませんでしたのは、何も申し上げることが無かったからでございます。でも今、私は殿が勝利を収められましたことをお聞きして、即座にお祝いのお手紙を書かせていただいて居ります。

この報せは私をこの上も無く狂喜させました。そして私は、殿がこの先もお勝ちになります様、神様にお祈り致して居ります。

本当にお手紙有難うございました。私がどんなに喜んで居りますか、筆舌には尽くし難うございます。

どうか、くれぐれも御身御大切になさって下さいませ。

私は殿が戦場に居られることを思いますと、いつも胸が張り裂けそうになります。

たとえ殿がそれをお望みになっても、私は心配のあまり死んでしまいそうです。

本当にお顔が見たくてたまりません。」

イザベラは、小さな金の十字架を同封した。

「どうか、この十字架をお首にかけて下さいませ。

殿の信仰心と、この十字架に込められた祈りが、危険のさなかにあっても殿の御身をお守りするはずです。

私の心を思いやって、マントヴァ中のお坊様が殿のために日夜お祈りを捧げて下さって居られます。」

6月5日フランチェスコは陣営で短い手紙を書いた。

この小さな十字架を、自分は死の瞬間まで離さない、と。

翌朝、フランチェスコはタロの戦いに出陣した。

                  つづく

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