第61話  イタリア戦争 その七

1495年4月、対仏大同盟が結成された。

フランス軍が容易に目的を達成したのを目の辺りにして、法皇アレクサンデル六世、ヴェネツィアの長老、そしてミラノ公ロドヴィコをはじめとするイタリア諸侯は、シャルル八世を不信の目で見る様になっていた。

そればかりでなく、シチリアの支配者を兼ねるスペインのフェルディナンド王、半島の北部に領地を持つ神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世等、外国勢力もフランスの進出に反対し、イギリスのヘンリー七世も長年の宿敵フランスに対抗する意味から、遂に対仏大同盟は全ヨーロッパ的規模に膨れ上がっていった。

そして、同盟軍の総大将にはフランチェスコ・ゴンザーガが選ばれた。


同盟の話を聞くや、シャルル八世は退路を遮断されることを恐れ、急遽北へと引き返しにかかった。

これを迎え撃つため、フランチェスコは25000の大軍を率いて出陣しようとした。

「どうか御無事で」

イザベラは消え入る様な声で言った。涙は見せなかったが、その顔は蒼白で、瞳は震えていた。

フランチェスコは黙ってうなづくと馬に乗った。

そして、二度と振り返らず城門を出た。 あとには25000の大軍が従った。

イザベラは身じろぎもせず、最後の一人が見えなくなるまで見送り続けた。


イザベラは、また政治の一切を任されることとなった。

戦場にいるフランチェスコに、どんなことがあっても心配をかけてはならない、とイザベラは全身全霊で政務に当たった。

イザベラは、決して人前で涙を見せなくなった。今まで以上にもっと明るく、笑みを絶やさない様になった。そして、何か用があればいつでも会いに来てくれる様、絶えず人々に呼びかけた。

イザベラは、また、今までにも増して町の見回りに出かけた。そんな時、人々はイザベラに気づくとすぐに手を振ってくれた。口笛を吹いて振り向かせようとする子供たちもいた。イザベラは満面の笑みでそれに応えた。

時々イザベラが過労で熱を出すと、すぐ聞きつけて沢山の人々が手に手に花や果物を持ってお城にお見舞いに来てくれるので、イザベラは一日も寝ていることが出来なかった。

或る時、顧問官たちとの話し合いが長引いて夕方まで見回りに出かけなかったら、次から次へと町中の人々が心配してお城に様子を見に来てくれたので、それ以来イザベラは一日も見回りを欠かさなくなった。


それでも夜になってエレオノーラを抱きながら子守唄を歌っていると、ひとりでに涙が出ることがあった。

イザベラは星空を見上げ、この同じ星を陣営のフランチェスコも見ているのかと思った。

          つづく

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