第59話  イタリア戦争 その五

シャルル八世はミラノのアスティでロドヴィコおよびエルコレ一世と会見した。

そして、ロドヴィコから、フランス軍がナポリを攻撃する際は妨害せず中立を守るとの申し出を受けた。


こうしてシャルル八世の軍隊は易々とイタリア半島を南下し、ナポリを目ざした。


「ただ今ミラノから早馬が着きました。」

書類を見ながら話をしていたフランチェスコとイザベラは驚いて立ち上がった。

廊下の向こうでものものしい音がしたと思うと、使者は両肩を二人の執事に抱えられて喘ぎながら担ぎ込まれた。

使者は全身で息をしながら、途切れ途切れに言った。

「駐ミラノ大使ドナト・デ・プレディ閣下からの御伝言を申し上げます。

昨日、ミラノ公爵ジャン・ガレアッツォ様がお亡くなりになりました。」

イザベラは息を飲んだ。政務室にざわめきが走った。使者は続けた。

「新公爵としては、叔父のロドヴィコ・スフォルツァ閣下が選ばれ、正式に発表されました。」

政務室の中はどよめきに変わった。


ストゥディオーロに戻るとイザベラは、夭折したミラノ公爵ジャン・ガレアッツォのために涙を流した。ジャン・ガレアッツォは病弱で、叔父ロドヴィコ・スフォルツァが全権を掌握し、ミラノの宮廷画家レオナルド・ダヴィンチも

「時と時のはざまに見捨てられしジャン・ガレアッツォ」

と詩に書いたほどの嘆きの日々を送っていた。その末の25歳での夭折。

イザベラは手を合わせ、一心に冥福を祈った。

イザベラはまた、アンナ・スフォルツァのために泣いた。アンナは弟アルフォンソの妻であり、ジャン・ガレアッツォの妹であった。あの優しくおとなしいアンナは今頃、兄の死を聞かされてどんなに嘆き悲しんでいるだろう。そう思うとイザベラは、胸が絞めつけられる様に痛んだ。

そして、ジャン・ガレアッツォの妃イザベラ・ダラゴーナの悲しみを思う時、涙で心が闇に暮れた。イザベラ・ダラゴーナはナポリのアルフォンソ二世(亡きフェラーラ公妃エレオノーラの弟)の王女で、従姉に当たった。当時、ヨーロッパの王侯は祖父母の名前を貰うのが慣例で、いとこであったイザベラ・デステもイザベラ・ダラゴーナも共通の祖母ナポリ王妃イザベラ・ディ・キアロモンテの名を貰ってイザベラと命名されたのであった。

イザベラは泣きながら、アンナ・スフォルツァとイザベラ・ダラゴーナに心を込めて手紙を書いた。


フランチェスコとロドヴィコの間には近年疎遠なものがあった。

ロドヴィコは、フランチェスコが自分の政敵であるナポリのアルフォンソ二世と極秘に文通を行なっているのではないかと疑惑の目を向けていた。

しかし、フランチェスコは、ロドヴィコのミラノ公位継承に際して丁重なお祝いの手紙を送った。 そして、ベアトリーチェがイザベラに死ぬほど会いたがっていると聞いて、ミラノに行ってくる様、勧めてくれた。

                つづく

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