第56話 イタリア戦争 その二
ロレトまでの道は遠く、イザベラは道中ラヴェンナ、ペーザロ、アンコーナに立ち寄る予定だった。
イザベラはラヴェンナに到着すると、沢山の古い教会に参詣し、その見事なモザイクに目を見張った。
その夜、イザベラはフランチェスコに手紙を書いた。
「ロレトへの巡礼を終えたら、復活祭はグッビオで過ごします。そして、グッビオ滞在中にアッシジとペルージアにも参ります。これらの高貴な町を心ゆくまで見たいです。
アッシジでミサに参列し晩餐を致しましたら、その日のうちにグッビオに戻ることは無理でございますから、アッシジで一泊、ペルージアでも一泊致します。
アッシジからペルージアまでは美しい谷間を通ってほんの10マイル、そしてペルージアからグッビオまではさらに12マイルの道のりと聞いて居ります。」
朝になるとイザベラはラヴェンナを発ち、ペーザロとアンコーナを経由してロレトへと向かった。
ロレトには、聖週間の水曜日に到着した。
そして、翌日の聖木曜日、イザベラは告解の後に聖餐を受けた。
こうしてロレトでの巡礼を済ませると、イザベラはフランチェスコへの手紙に書いた通り、グッビオに向かった。
「まあ。」
「貴女がいらっしゃるのを、ここでお待ちしていましたの。」
なんと、グッビオに着くと、エリザベッタ夫妻が待っているのだ。
「どうして今日ここに参りますことがお分かりになりましたの?」
「お兄様が知らせて下さったんです。」
「それにしても、こんなところでお会いできるなんて・・・」
イザベラはエリザベッタたちと尽きせぬ話に花を咲かせた。
エリザベッタはあれからずっと今年(1494年)の1月までマントヴァにいてくれたのである。そして、クリスマスにマントヴァにやって来た夫と一緒に1月20日ウルビーノに帰って行ったのであった。
イザベラは、グッビオに落ち着くとすぐアッシジを訪れた。
イザベラは、神殿のジョットーの壁画に強く心を動かされ、その後聖フランチェスコのお墓に詣でて誓言を立てた。
イザベラはその足でカメリノの従弟たちを訪問した。初めて会う彼らは手厚くイザベラを迎えてくれ、別れる時はお互いに泣いて名残を惜しみ合った。
グッビオに戻るとイザベラは、勧められるままに10日間ここでエリザベッタ夫妻と過ごすことにした。公爵たちに案内されながらイザベラは、グッビオの風光の美しさと宮殿の見事さに賛嘆した。この宮殿は、エリザベッタの夫グイドバルドの母バチスタ・スフォルツァが愛した住まいで、グイドバルドが誕生したのも、そしてバチスタが亡くなったのもここであった。
3月30日イザベラはフランチェスコに手紙を書いた。
「この宮殿は、壮麗な建築であります上に、見事な調度品で飾られ、風光の美しさは比類がございません。この宮殿は、町と平野を見下ろす高みに建てられ、素敵なお庭の中程には泉が湧き出て居ります。」
ところが、グッビオでの滞在を終え公爵夫妻にウルビーノに伴われたイザベラは、宮殿を前に目を見張った。
「このウルビーノの宮殿は、想像を絶する素晴らしさです。風光の美しさは申すまでもなく、宮殿中は無数のつづれ織りや銀の壁飾りでうずめ尽くされています。そして、一つ一つのお部屋にはそれぞれ異なった趣の壁掛けがあつらえられ、決して違うお部屋に移動させたりなさいません。
公爵夫妻は、私がグッビオに着きましてから、日毎に贅沢にもてなして下さいます。花嫁様でもこんなに歓迎していただけないのではないかと思うほどの御心遣いでございます。
私は何度も、私のためにこんなにお金をお使いにならないで下さいとお願い致しました。もっと家族的に気楽に待遇して下さい、と。でも、ちっともお聞きいただけませんでした。これは寛大なる公爵様のお考えだそうです。公爵様は現在、素晴らしい宮廷を司られ、ウルビーノには文化が開花して居ります。そして、公爵様は知恵と愛をもって国を治められ、人々は大変満足しています。」
一方フランチェスコはエレオノーラの育児日記を毎日書いて送ってくれた。
「昨日、エレオノーラの部屋へ行ってみたら、元気いっぱいで、生き生きしていて、僕まで嬉しくなってきた。君が言う様に白のダマスク織の服を着せてやったら、とっても可愛くて、よく似合って、エレオノーラもすっかり気に入った様だった。
今朝またエレオノーラの部屋に行ったんだが、眠っていたから起こさなかった。」
イザベラは夜、独り燭台のもとでフランチェスコの手紙を読んだ。そして、微笑みながら目をうるませた。
4月25日イザベラはウルビーノ公爵夫妻に別れを告げて北へと旅立った。
ところが、エリザベッタは悲しみのあまり、24時間以内に次の様な手紙を書いて送って来た。
「貴女の姿が見えなくなった時、私は、愛する妹を失った様な悲哀にとどまらず、自分自身の命までが身から飛び去って行ってしまった様に感じました。
私はもはやお手紙でこの胸の内をことごとくお伝えする以外に悲しみを癒すことは出来ません。でも、もし私の悲しみを全て表すことが出来ましたら、貴女はきっと私を憐れに思って今すぐ戻って来て下さるに違いありません。
そして、もし貴女を煩わせることを恐れないなら私はどこまでも貴女について行ったでしょう。でも、それは到底叶わぬことです。あまりにも貴女を大事に思うから。
ただ、どうか時々私のことを思い出して下さい。そして、私の心にはいつも貴女がいることを忘れないで下さい。」
イザベラは、心を込めてエリザベッタに手紙をしたためた。
イザベラはさらに旅を続け、ロマーニャ地方を通ってボローニャに到着した。
「お妃様、お妃様、ああ、間に合った。」
或る朝、マントヴァの執事が単身、馬で駈けつけた。
「もうボローニャをお発ちになったかと思いました。」
執事はそう言ったきり、喘ぐ様に肩で息をした。
「大丈夫ですか? 何事です?」
「これです。殿様からのお手紙です。」
いきなり執事は封筒を取り出すと、イザベラに渡した。
「親展・・・」
イザベラは不吉な胸騒ぎを覚えた。
つづく
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