第55話  イタリア戦争 その一

1494年が明けた。

イザベラは、エレオノーラの洗礼が済むと、すぐロレトへの巡礼の支度にかかった。子供が授かります様に、と聖母マリアに願を掛けていたので、そのお礼のための巡礼の旅である。捧げものとして、有名なマントヴァの細工師バルトロメオ・メリオロに依頼しておいた黄金細工も立派に完成した。

3月10日いよいよ出発の日が来た。

「船着き場まで見送るよ。」

フランチェスコが言った。

「有難うございます。 でも、その前にちょっとごめんなさい。」

イザベラはエレオノーラの部屋へ行った。ゆりかごの中のエレオノーラは上機嫌で、もみじの様な手をかざしていた。イザベラは、エレオノーラを抱き上げると頬ずりしてそっと抱きしめた。そして柔らかなほっぺに何度もキスをすると、そっとまたゆりかごに下した。

フランチェスコ、その間中そばに立って、何とも言えない顔で見とれていた。

「それじゃあ、参りましょう。」

イザベラの目はうるんでいた。イザベラは、扉の所でもう一度エレオノーラを振り返ると、出て行った。

「もうすぐ白のダマスク織の服が届きますから、着せてあげて下さいね。似合うかどうか、お手紙で知らせて下さい。」

イザベラは船着き場までの道々フランチェスコにエレオノーラのことをいろいろ頼み続けた。フランチェスコは微笑みながら、うん、うん、とばかり言っていた。

「それでは殿、行って参ります。」

「気をつけてね。」

イザベラは捧げものの黄金細工が入った箱を大事そうに抱えながら船に乗った。川面は春の光を柔らかく反射していた。フランチェスコは手を振った。イザベラもいつまでも手を振り続けた。

             つづく

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