第51話  試練 その七

朝になっても、お昼になっても、フランチェスコは帰って来なかった。

夕方、食堂でイザベラはエリザベッタに言った。

「おねえ様、どうか先にお召し上がり下さい。私は殿のお帰りを待たなくてはなりません。」

「今日も待つの? この底冷えのする食堂で」

イザベラはうつむいた。

「心配なの。 貴女のお体が心配なの。 ゆうべだって私、一睡もできなかったわ。」

イザベラは静かに言った。

「有難うございます。 本当に有難うございます、おねえ様。

でも、私が救われる道は、これしか無いのです。」


イザベラは待ち続けた。燭台の蝋燭の火が時折りゆらめいた。

イザベラは、はっとした。

足音が聞こえるのだ。遠くからこちらに近づいてくる足音が。   

それは、重い、乱れた足取りであった。

イザベラは、身を固くして聞いていた。

足音はやがて近くで止まった。食堂の横の裏玄関の辺りであることがわかった。イザベラは、とっさに飛び出して行こうとしたが、体が動かなかった。

やがて足音は、また、もと来た道を引き返して行った。その遠ざかっていく足音を、イザベラは身じろぎもせずに聞いていた。


次の夜、イザベラは耳を澄まして待ち続けた。 しかし、聞こえるものは風に揺れる枝の音と、時折り飛び立つふくろうの羽音だけだった。

夜はしんしんと更けていった。

イザベラは、はっとした。

聞こえる。 あの同じ足音が。  時計を見ると、昨日と同じ時刻だった。

足音は、重くこちらに近づいて来た。イザベラは、息をひそめた。足音は裏玄関の前で止まった。イザベラは、体が金縛りになって動けなかった。

どれほど経ったであろう。不意に裏玄関の扉の開く音がした。イザベラは、我を忘れて飛び出して行った。

「殿、お帰りなさいませ。」

フランチェスコは顔を挙げなかった。イザベラは、構わずに話しかけた。

「お待ちしていましたの。お食事の支度が出来ていますわ。」

フランチェスコはうつむいたまま突っ立っていた。イザベラは、軽くフランチェスコの背中を押して食堂の中へ入れた。

イザベラが椅子を勧めると、フランチェスコは黙って座った。

イザベラは、フランチェスコのお給仕をしながら二人だけで食事をした。

朝になると、フランチェスコはまた出かけた。

                   つづく


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