第50話 試練 その六
翌日、母は帰って行った。
夕方、イザベラは服に着替えると階下に降りて行った。
食堂の扉を開けると、エリザベッタが独りテーブルに就いていた。
「まあ、今、侍女たちがお部屋へお食事を運ぼうとしていましたのに。」
「私も今日からこちらでいただくことにしましたの。」
「嬉しいわ。 ずっと独りぼっちでお食事していたんですもの。」
イザベラは顔を挙げた。
「ごめんなさい、おねえ様。私、殿のお帰りを待とうと思うんです。」
エリザベッタは、イザベラの目を見た。イザベラには、その目が限りなく奥深い色に見えた。
「それでは、悪いけれど先にいただくわね。」
イザベラは、ほっとした。エリザベッタが気を使って、自分もフランチェスコの帰りを待つと言い出したらどうしよう、と内心案じていたのだ。
やがて食事を終えるとエリザベッタは立ち上がった。
「今年は例年になく気温が低いの。夜は底冷えがするから、気をつけてね。」
エリザベッタは立ち去り際にそう言った。イザベラは、その言葉のぬくもりに胸がいっぱいになった。
イザベラは、何時間も待ち続けた。
「お妃様、どうなさいますか?」
「皆さんは、構わずに休んでちょうだい。
今日は裏玄関の灯りは消さないでね。」
侍女たちは皆、行ってしまった。
イザベラは独り食堂の椅子に座って待ち続けた。
窓の外ではざわざわと木の枝が風に揺れる音がした。
夜が更けるにつれ、食堂はしんしんと冷えていった。
夜半になってもフランチェスコは帰って来なかった。それでもイザベラは待ち続けた。食堂は底冷えがして体は凍てつく様だった。
東の空が白んできた頃、不意に食堂の扉が開いた。振り返ると、エリザベッタが立っていた。
「まだ、待っていたの?」
エリザベッタは駈け寄った。
「冷たい手・・・」
エリザベッタは、イザベラの氷の様な手を自分の両手の間に挟んでさすった。イザベラは、後から後から涙がにじんで止まらなかった。
つづく
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