第49話 試練 その五
「イザベラ、具合はどう?」
翌日、母がフェラーラからやって来た。イザベラは母の前では精一杯明るく振舞った。エリザベッタもまじえて三人で夜まで談笑した。
「ねえ、そろそろおば様にもお休みいただかないと。」
エリザベッタが言った。
「どちらのお部屋がいいかしら?」
「そうねえ。」
その時、母がイザベラに言った。
「私は今日はここで、貴女と寝たいの、昔の様にね。」
やがてエリザベッタはお休みの挨拶をして出て行った。
部屋の中は母とイザベラの二人だけになった。母は楽しげだった。
イザベラは、思わず目を伏せた。
「イザベラ、どうかしたの?」
不意に母の声が降って来た。
「イザベラ、貴女は今、泣きそうな顔をしていたわ。
何かあるのなら言ってちょうだい。」
母はベッドのへりに腰かけてイザベラの顔を見つめた。
「お母様、もうおしまいなんです。」
イザベラは、わっと母の胸に泣きついた。イザベラは、堰を切った様に泣き出した。
母は非常に驚いた様子だったが、それでも取り乱さずに静かに言った。
「何があったのか、全部聞かせてちょうだい。」
イザベラは泣きながら今までのことを全て話した。
母は暫く黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「ねえ、イザベラ、これは落ち着いて聞いて欲しいの。
今、貴女は運命の分かれ道に立っているのよ。
イザベラ、貴女は今日までよくやったわ。
マントヴァに来てまだ3年にしかならないのに、貴女がどれほどこの国の文化に貢献したか、それはフェラーラにもよく聞こえているわ。
いいえ、フェラーラだけじゃなくて、イタリア中の国々が目を見張っているの。
私は今日まで、そんな貴女の評判を聞くたびに嬉しさと誇らしさで胸がいっぱいになった。
でもね、イザベラ、貴女はそのためにフランチェスコ様に寂しい思いをさせなかったかしら?」
イザベラは身動きもせず一点を凝視していた。
「フランチェスコ様はね、子供の様に全身で寂しさを表していらっしゃるの。
フランチェスコ様はね、芸術に貴女を取られると思っていらっしゃるの。
病気の間、貴女が何処へも行かなくなったら、どんなにお喜びになったか考えてみて。
それを、あんなにお止めになったのを振り切って、貴女は仕事場へ行ってしまったの。
フランチェスコ様は、もうどうにもならない瀬戸際に立たされたお気持ちなのよ。
イザベラ、貴女はどこまでもフランチェスコ様を信じなさい。
あの方は、命がけで戦って勝ち獲られた神聖な優勝旗を貴女に捧げて下さった御方ですよ。」
うなだれて聞いていたイザベラの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
つづく
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