第48話 試練 その四
イザベラはエリザベッタの部屋の前まで来た。すると、中で言い争っている声が聞こえた。
「まさか、あのもの静かなおねえ様が・・・」
イザベラは、胸騒ぎがして耳を澄ませた。それはエリザベッタとフランチェスコだった。
「お兄様、テオドラの所へ行くのはやめて。」
「うるさい。 お前の知ったことではない。」
「お兄様は間違ってます。」
イザベラは、雷鳴に打たれた様な気がした。
やがて、イザベラはふらふらと部屋の前を離れた。
ストゥディオーロの窓からイザベラは湖を見つめていた。涙が後から後からこぼれ落ちて、頬を伝って流れた。
それっきり、フランチェスコは帰って来なかった。
イザベラは、とうとう病気になってしまった。決して深く眠れず、イザベラはまどろんだり目を覚ましたりを繰り返していた。
イザベラは泣きながらうとうとと寝ついてしまった。何時間経ったことであろう。イザベラは熱くて目が覚めた。ふと見ると枕元にフランチェスコが座っていた。部屋の中には他に誰の姿も無く、灯も無く、夕方らしかった。
イザベラは涙が出て来て顔をそむけた。
フランチェスコは一歩も部屋を離れなかった。そして全く無言で、時々気がつくとこちらを見ていた。イザベラはフランチェスコと目を合わせない様にした。
次の日からエリザベッタまでイザベラの部屋に入り込んだ。そして、あのもの静かなエリザベッタが、と驚くほど、頻りに冗談を言った。イザベラは、とうとうつられて笑ってしまった。その途端、フランチェスコは満面に笑みを浮かべ、それから急に喋る様になった。イザベラは、怖い顔をしていようと頑張ったが続かなかった。
次の日も、その次の日も、フランチェスコは部屋を離れなかった。イザベラは、エリザベッタがいてくれるので助かった。二人っきりになったら、また沈黙してしまうことが分かっていたから。
エリザベッタはなおも冗談を言い続け、フランチェスコは子供の様にふざけたりはしゃいだりした。
イザベラは、そっと目頭を押さえた。
「大変です、お妃様。」
突然、執事が飛び込んできた。
「壁画に大きなひびが入ったのです。」
「えっ」
「とにかく早くいらして下さい。」
イザベラはガウンを羽織った。
「イザベラ、行くな。」
フランチェスコが荒々しく手を掴んだ。
「行くんじゃない。まだ病気じゃないか。」
「もう大丈夫です。ちょっとですから。」
イザベラはフランチェスコの手を振り放すと、まだふらふらする身体に鞭打って廊下を伝い歩きながらリオンベニの仕事場へ行った。
「お妃様、申し訳ございません。御病気のところを。」
「いえ、大丈夫です。それより・・・」
「これなんです。」
イザベラはため息をついた。大きなひびである。
イザベラはじっと見つめ続けた。
「先生は、どうお考えになりますか?」
イザベラは苦しいのを忘れて必死で対策を講じた。
やっと目途がついたので、イザベラはまた廊下を伝い歩きながらそろそろと部屋へ帰って行こうとした。
食堂の前まで来た時、イザベラははっとした。
エリザベッタが、独り立ち尽くしているのだ。エリザベッタは食堂の横の裏玄関の扉を呆然と見つめ、体中が小刻みに震えていた。
イザベラに気づくと、エリザベッタはうつむいて走り去った。
寝室の扉を開けると、やはりフランチェスコの姿は無かった。
イザベラは力無くベッドに横になった。涙が目からこぼれ落ちて、枕の上に玉を成した。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます