第33話  マントヴァの雪 その六

その時、イザベラははっとした。

部屋の前で誰かが低い声で話をしているのだ。何とも言えない不安がこみ上げ、イザベラは思わず耳を澄ました。一人はフェラーラから来た女官ベアトリーチェ・ディ・コントラリだった。もう一人は誰だかよくわからなかった。

「お願いです。もう少しだけお待ち下さい。」

ベアトリーチェ・ディ・コントラリが言った。

「そうおっしゃっても、この様な重大なことをお知らせしない訳には」

「今、姫様、いえお妃様は大変沈んで居られます。その上、この様なことをお聞かせしては。」

イザベラはたまらなくなって扉を開けた。二人はびくっとして振り返った。もう一人はマントヴァの執事だった。

「どうしたのですか?」

イザベラは感情を抑えて聞いた。執事は言った。

「畏れながら申し上げます。去る8月8日、マダレーナ・ゴンザーガ様がお亡くなりになりました。享年18歳であらせられました。」

イザベラは体中に戦慄が走り、足がわなないて膝をつきかけたが、ベアトリーチェ・ディ・コントラリが素早く肩を貸して部屋の中へ抱えて入った。イザベラは体中が小刻みに震え、悪寒が走った。あの美しい、あの優しいマダレーナおねえ様が、と思うとイザベラは信じられなかった。もうあの人はこの世のどこにもいないのかと思うと、イザベラは髪をかきむしって泣いた。18歳というはかない花の命を思い、イザベラは涙が涸れるまで泣いた。しかし、次の日になるとまた涙は後から後から湧いてきた。


イザベラはとうとう熱を出した。熱は何日も続いた。

そして、やっと解熱した時、イザベラは一つの悟りに達した。自分にはどうすることも出来ない。ただ精一杯ゴンザーガ家を立派にすることが、それだけが自分に出来ることだ、と。自分が今マダレーナおねえ様にして差し上げられることはそれだけだとイザベラは思った。


イザベラは起き出すと、エリザベッタに手紙を書いた。

イザベラは、エリザベッタがこのまま悲しみのあまり亡くなってしまうのではないかと心配でならなかった。

イザベラはエリザベッタに心を込めて手紙をしたためた。この世を生き抜くには決意が必要だ、と。

              つづく


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