第30話 マントヴァの雪 その三
「お妃様、フェラーラからのお手紙でございます。」
「有難う。」
イザベラは飛びついた。それは、ガルリーノ先生からの手紙であった。イザベラは封を開ける時間ももどかしかった。
「姫様が私の横でヴィルギリウスをお読みになり、澄んだお声で繰り返し田園詩を暗唱なさった、あの幸せな日々を思うたびに老師は涙を禁じ得ません。」
イザベラは、手紙の上に泣き伏した。
イザベラはすすり泣きながら、ガルリーノ先生に手紙を書いた。
「先生の御教えを忘れないために、どうか、フェラーラに残して来たラテン語の教科書をお送り下さい」と。
イザベラは、使者の帰りを待ち焦がれた。ストゥディオーロの窓辺に座り、東の空を見つめ続けた。この空の向こうにフェラーラがあるのだ。
2日後、使者は帰って来た。懐かしい古い教科書を目にした途端、一気に涙が溢れ出てイザベラは本を抱きしめて泣きじゃくった。
他に何通か、侍女や執事の手紙が添えられていた。
「姫様の御部屋を日々私はさまよい歩き、かつてここに姫様がお住まいだった、あの天使の様な御顔で私に微笑みかけて下さった、ここであのお優しい考え深い御言葉をおっしゃったのだ、と、ただそれをしのぶばかりです。」
「お城の中は、姫様が行ってしまわれてからは火が消えた様です。道化師が何を言っても誰一人笑う者も居りません。」
「お妃様は姫様をマントヴァまで送ってお帰りになりましたその足で、真っ先に姫様の御部屋へいらっしゃいました。そして、よろい戸を下して真っ暗な御部屋を御覧になり、さめざめと涙を流されました。」
イザベラは、泣き疲れて頭がぼうっとした。
イザベラは便箋を取り出すと、腫れぼったい眼で机に向かい、何時間も返事を書き続けた。そして、一人一人に高価な布地を選んで贈り物とした。
「そうだわ、フリテッラはどうしているかしら。」
フェラーラの船着き場で子供の様に泣きじゃくって別れを惜しんでくれた道化師のフリテッラの顔を思い出すと、イザベラはまた涙が出た。イザベラはフリテッラにも心を込めて手紙を書き、黄色のサテンを贈り物として添えた。
数日後、イザベラは驚きの声を挙げた。
「フリテッラの、フリテッラの手紙だわ!」
イザベラの贈り物に対する沢山のお礼状の中にフリテッラの手紙があったのだ。イザベラは震える手で封を開けた。インクのしみのある、間違った綴りもあるフリテッラの手紙・・・一生懸命書いたフリテッラの真心が溢れる様に感じられ、イザベラは胸がいっぱいになった。
イザベラは、もう泣くのはやめようと心に誓った。
そして、これからはフェラーラの母に毎週手紙を書くことにした。
手紙と言えば、難題な手紙を一つ書かねばならないのだ。
つづく
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