第26話  婚礼 その二

2月11日、結婚式はエステ家の礼拝堂で厳粛に行われた。

当時の王侯の結婚式は、花婿は本国で花嫁を待ち、決して出向いて来ないしきたりであった。花婿から遣わされた要人が「代理の花婿」として花嫁の両親の前で結婚式を挙げ、そして、花嫁をいざなって花婿のもとに連れて帰るのであった。

結婚式の後、イザベラは、金の布で飾られた新しい馬車で宮殿へと向かった。馬車の右にはフランチェスコの義弟であるウルビーノ公爵が、馬車の左にはナポリの大使が騎馬で従った。

その夜、宮殿で行われた祝宴は、フェラーラ公爵家始まって以来の盛大なものであった。壁には百年もかけて創られたという家宝のつづれ織りが飾られ、人々の目を驚かせた。今宵の宴に用いられるおびただしい数の金の食器類は全てヴェネツィアの高名な細工師の手になるものであった。水晶の葡萄酒入れは、グリフィンやいるかの小さな像によって支えられ、そして、名人たちが腕によりをかけて創った見事なお菓子の寺院やピラミッドには、エステ家とゴンザーガ家の紋章を描いた250本の小さな旗が飾られていた。

イザベラは神妙な顔をして坐っていた。朝、礼拝堂で行われた式の光景を思い出すたびに、イザベラは涙ぐんだ。

その時、弟のアルフォンソが息せき切って駈け込んできた。アルフォンソは晴着に身を包みながら汗びっしょりになって母エレオノーラに小声で言った。

「駄目です、お母様。ジョバンニたちは病気だと言って、来ません。」

エレオノーラは何も言わずに寂しそうな目をした。 横から父が

「それは気の毒に。しかし、4人が揃って病気になるとは。」

と驚きの表情で言ったが、誰も何も言わなかった。


祝宴は朝まで続いた。

そして、いよいよイザベラがマントヴァに発つ時が来た。

船着き場には大勢の人が見送りに来た。

これからイザベラは、両親と弟妹に付き添われ船でマントヴァに向かうのである。

ポー川の岸には、無数の彫刻を施され黄金を貼られた大きな船が停泊していた。その周りには4隻のガリー船と50艘の小舟が付き従っていた。

侍女たちは、皆泣いた。特にイザベラが生まれた時からいた侍女たちは、イザベラの首にかじりついて泣いた。イザベラも、どうしてよいのかわからないほど泣けてきて、一人一人抱きしめていった。

それからイザベラは、先生方や親戚の人々に挨拶をした。特にガルリーノ先生は涙が止まらない様子であった。イザベラはガルリーノ先生にお礼を言いながら涙で目の前が見えなくなった。

見送りの人一人一人に挨拶し終えた時、父が

「行くぞ。」

と促した。

イザベラは、もう一度あたりを見渡した。しかしジョバンニたちの姿は無かった。

「イザベラ、早く乗りなさい。」

父に言われてイザベラは船に乗った。

イザベラは船の窓から岸辺を見続けた。

しかし、ジョバンニたちは現れなかった。

船は岸を離れた。

イザベラは、ジョバンニたちがいつか必ず分かってくれると信じて、故郷の山をいつまでも見つめ続けた。

                   つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る