第19話 マントヴァの秋祭り その四
秋の収穫を祝うお祭りだけあって、あちこちに果物や野菜や穀物の袋、葡萄酒の樽などが山積みされていた。
そして、山羊の角の中に花や果物を溢れるほど盛った大小様々な「豊作の角」が随所に飾られていた。
さらにあちこちには色とりどりの柱が立てられ、沢山の小さな旗が澄み切った秋の空にはためいていた。その旗のいくつかには、見覚えのある黄金のライオンと黒い鷲が描かれていた。
聖ジョルジョ祭と同じく、道の両側には無数のテントが建ち並び、鮮やかな色の衣装に身を包んだ人々で何処もごった返していた。
賑やかな音楽が流れてくるのでそちらの方に行ってみると、広場では晴着を着た少年少女たちが豊作を祝って踊っていた。
それが終わると、今度は晴着の子供たちが登場し、昔の農家の歌や糸紡ぎ歌を歌った。イザベラは糸紡ぎ歌の多様さに驚いた。この国では毛織物が重要な産業なのである。
紫や黄緑や様々な色の葡萄の山が随所に見られ、甘酸っぱい香りがあたり一面に漂っていた。
フェラーラよりも内陸にあるマントヴァでは既に秋が深く、木々はもう紅葉していた。
イザベラは人混みの中でチェチーリアの姿を見失わない様、懸命について歩いた。
そうしながらもイザベラは、あたりにフランチェスコがいないか、気になった。
時折り、はっとして振り返ったが、いずれも人違いであった。
チェチーリアと一緒にイザベラは何件のお店に入ったか、自分でも驚くほどだった。チェチーリアに誘われるままにスパゲッティ、ジェラート、ピッツァ、ジュース、氷水・・・母が見たらびっくりする様な羽目の外し様であった。
4時過ぎになったので、イザベラはチェチーリアに言った。
「もうそろそろ行かないと、お船が出てしまいますわ。」
「あら、貴女、お帰りになるの? 私、これからマダレーナおねえ様に会いに行って、今晩はあちらで泊まるの。貴女もいらっしゃいよ。」
「えっ、でも。」
「いらっしゃいよ。」
「でも、妹が病気なので。」
「そう、残念ね。でも、お気が変わったら、すぐいらしてね。待ってるわ。」
「有難うございます。 皆様によろしく。」
チェチーリアの後姿を見送りながら、イザベラは何とも言えない思いがした。
イザベラは歩き出したが、足取りは力なく、目を虚ろであった。
あとには一人の若い侍女が付き従うだけであった。
「姫様、どうなさったのですか?」
侍女の声にイザベラは、はっと我に返った。
「船着き場は、向こうでございます。」
気がつくとイザベラは、船着き場とは逆の方角に来ていた。
「いいえ、何でもないの。まだ少し時間がありますから。」
侍女はいぶかしげであったが、何も言わなかった。イザベラは、物思いに沈む自分の表情が、侍女にそれ以上言えなくさせてしまっているのであろう、と思った。
いつの間にかイザベラは湖のほとりに来ていた。
「あっ、この湖は。」
イザベラは顔を挙げた。湖の向こうには、マントヴァのお城がそびえ立っていた。四隅の塔、石の壁、その向こうに見えるドームの屋根。イザベラが7歳の時に見た、そのままであった。
「あの中にいらっしゃるのだわ。」
イザベラは、灯りのついている窓もついていない窓も一つ一つ見ていった。
イザベラは、ふらふらと聖ジョルジョ橋の所まで来た。この橋の向こうがマントヴァのお城の正面である。イザベラはじっと石の壁を見つめ続けた。夕暮れの風が冷たく吹き始めた。
やがてイザベラは静かにきびすを返すと、そのまま立ち去った。
つづく
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