第18話 マントヴァの秋祭り その三
「ねえ、マダレーナおねえ様は、もうすぐお嫁にいらっしゃるのでしょう。」
チェチーリアの声に、イザベラは我に返った。
「そうなの。10月ですって。」
マダレーナはフランチェスコの妹で、イザベラより2歳年上である。
イザベラとチェチーリアと侍女たちは、その後、とりとめもないお喋りを続けたが、イザベラは絶えず明け方の空に心を奪われていた。
あっという間にあたりは灰色と青を帯びた白っぽい光で満たされ、岸辺の木々も堤防もはっきりと見える様になってきた。
そして、見る見るうちに明るくなり、東の空を振り返ったイザベラは息を飲んだ。
薄紅色の空に、明るい紫色の雲が光に縁どられて浮かんでいるのだ。
やがて空は曙の光でいっぱいになった。
鏡の様な水面は薄紅色を帯びたミルク色になり、船の周りにはなめらかな波が出来てはゆったりと遠ざかっていった。
マントヴァに着いた時は、お昼過ぎであった。
イザベラたちが岸に上がると、船のおじさんは言った。
「私は今日は夕方までこちらにいて、その後フェラーラに帰ります。明日は、毎年の様に午後2時にここへお迎えに参りますが、今日フェラーラにお帰りの方は夕方の5時までに船にお戻り下さい。」
そう言うと、おじさんは派手な上着を着て、自分もどこかへ遊びに行ってしまった。
イザベラは行く当てが無いので、チェチーリアたちについて行くことにした。
イザベラはあまりマントヴァに馴染みが無かったが、チェチーリアは、エステ家とゴンザーガ家が古くからの親戚であるのをよいことにしょっちゅう遊びに来ているらしく、マントヴァの地理に詳しかった。
イザベラは7歳の時、クリスマスにゴンザーガ家を訪れたきりであった。
イザベラには今、目にするマントヴァの全てが清新に、全てが尊いものに見えた。
マントヴァの木も、水も、草も、空気も、そして大地も、イザベラはマントヴァの全てを愛惜せずにはいられない思いで胸がいっぱいになった。
つづく
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