第17話  マントヴァの秋祭り その二

「イザベラ、早く起きて。」

翌朝、まだ暗いうちにイザベラは母に揺り起こされた。

「ベアトリーチェが熱を出したの。それで、私は今日ついて行けないから、チェチーリアたちと一緒に行ってちょうだい。」

チェチーリアは、イザベラより一歳上の従姉である。

「お母様、今日はやめようかと思っているんです。」

イザベラはうつむいて言った

「何を言っているの。さあ、早く起きて。マントヴァは遠いのよ。チェチーリアたちはもうすぐ出るんですって。」

母にせかされてイザベラは起きた。

「ねえ、見て。毎年秋祭りは寒くなるから、今年は貴女にいいものを用意したの。」

「お母様、また何か作ったの?

いやだわ、こんなの派手過ぎるわ。」

侍女の差し出した箱の中には、真紅のマントが入っていた。

「そんなことないわよ。 ちょっと着てみて。 ほら、よく似合うじゃない。」

母は目を細めてイザベラの姿を見た。

知らないうちに母がチェチーリアに頼んでしまったので断ることも出来ず、イザベラは大急ぎで支度をした。

出かける前にイザベラは、ベアトリーチェの寝室に行った。

「どう? 苦しい?」

「ううん、だいぶ良くなったの。」

「ごめんね、私も今日はやめようかと思ったんだけれど。」

「いいのよ。もしもマダレーナおねえ様に会ったら、よろしくお伝えしてね。」

「わかったわ。」

「そのマント、素敵よ。お姉様によく似合うわ。」

病気なのに、こんな思いやりのある言葉を言ってくれるベアトリーチェの優しさに、イザベラは思わず涙ぐんだ。

ベアトリーチェの部屋を出ると、イザベラは大急ぎで馬車の所へ駈けつけた。

もうチェチーリアたちは馬車に乗って、イザベラが来るのを待っていた。

「お母様、行って参ります。」

「気をつけてね。」

イザベラは急いで馬車に乗り込んだ。

「皆さん、よろしくお願いします。」

「はい、伯母様。 行って参ります。」

チェチーリアもイザベラも手を振った。

馬車は動き出した。

まだあたりは暗かった。馬車の窓から目を凝らして見ると、それでもたまに歩いている人の姿が見えた。こんな朝早く何処へ行く人だろう、と空想力は無限にかき立てられ、何とも言えない新鮮な気分になって、イザベラは飽きずに暗い街並みに見入った。

じきに馬車はポー川の岸辺に着いた。イザベラたちは馬車から降りて川船に乗った。先ほどまでの夜の様な暗さは消え、いつの間にかあたりは群青の光を感じる様になっていた。船はポー川を遡って行った。暗い川面のさざ波をイザベラは目を凝らして見つめていた。未明の川を渡る風は冷たかった。イザベラはマントのぬくもりに母への感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

「ねえ、マダレーナおねえ様は、もうすぐお嫁にいらっしゃるのでしょう。」

チェチーリアの声に、イザベラは我に返った。

                      つづく

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