第14話 聖ジョルジョ祭 その十
イザベラは、ルチオのために扉を開けて待っていた。やにわにルチオは、イザベラが支えている扉を足で蹴った。
その音が反響した。
イザベラは、衝撃のあまり口も利けなかった。
あのおとなしいルチオが・・・口数が少ないのはステファノだが、ステファノの中には意固地な一面があることをイザベラは知っていた。それに比べてルチオは本当におとなしい優しい少年だった。イザベラはルチオの後姿を見送りながら、打ちのめされて立っていられない思いであった。
イザベラは、もう帰ってしまいたかったが、気を取り直していつもの書棚の所へ行った。しかし、いつもイザベラが読んでいるヴィルギリウスは、今日はそこに無かった。驚いてイザベラはあちこち探した。
そして、思いもかけずステファノの前に置かれているのを見つけた。しかし、ステファノは読んでいる様子は無かった。
イザベラは恐る恐るステファノに
「この御本、よろしかったら、読ませていただけません?」
と声をかけた。
「いいですよ、もう」
地響きのする様な唸り声が部屋中に響き渡った。生まれて初めてステファノが大声を出したので、イザベラは呆気にとられた。次の瞬間、イザベラは涙が出そうになった。
イザベラは力無くヴィルギリウスを手に取ると、隣のテーブルに就いて読み始めた。ふと見ると、部屋の隅にジョヴァンニがいた。ジョヴァンニはこちらを向かなかった。イザベラは本に目を落としたが、少しも先に進まなかった。
夕方、イザベラが図書館から出ると、空は淡いすみれ色を帯びた薄水色に暮れなずんでいた。日没からとばりが下りるまでの、刻々と変わる夕暮れの光の中でも、透き通った水の様な光で空気が満たされる瞬間を、イザベラはいつも心を震わせる思いで見るのだった。今、折しもあたりはその光で満たされていた。イザベラは、図書館のポーチの石の円柱の間からいつまでも西の空を、うち眺めていた。
イザベラは次の日も図書館に行った。力無く階段を上り、樫の扉を開けたが、今日もエンリーコの姿は無かった。あの野外劇場から走り去って以来、エンリーコはイザベラの前に姿を見せなかった。エンリーコは4人の中でも一番無邪気な少年だった。次の日も、その次の日も、エンリーコは現れなかった。
イザベラは夜も寝つけなくなった。明け方やっとうとうとしても、またすぐに目が覚めた。絶えず頭がぼうっと熱く、めまいがしそうだったが、それでも我慢してイザベラは毎日図書館に行った。
しかし、いつまでたってもエンリーコは現れなかった。
つづく
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