第5話 聖ジョルジョ祭 その一
聖ジョルジョ祭が近づいてきた。
フェラーラの国は一年中がお祭り騒ぎで、それがカーニバルと聖ジョルジョ祭の日に最高潮に達するのだ。 人々は、雪の降る二月のカーニバルとは違った思いで、春の訪れを象徴する聖ジョルジョ祭を待ち焦がれた。フェラーラの、一番美しい、一番かぐわしい季節のお祭りを。
九年前、イザベラが初めてフランチェスコと出会ったのも聖ジョルジョ祭の日だった。 船に乗って父と一緒にやって来た14歳のフランチェスコは、当時6歳だったイザベラとお手玉やおはじきをして遊んでくれた。
その後もフランチェスコは何度か、聖ジョルジョ祭の日に単身おしのびでフェラーラに来ているらしかった。
イザベラは、今年は特別聖ジョルジョ祭が待ち遠しかった。 聖ジョルジョ祭のことを考えると胸がいっぱいになった。
今年の野外劇はプルターク英雄伝が上演されるのだ。 イザベラの父エルコレ一世は政治面・文化面ともに優れた手腕を発揮したが、趣味も多彩で、特に演劇には並々ならぬ関心があった。彼はラテン語をはじめ外国語で書かれた劇を自ら翻訳し、脚色した。
そして、毎年聖ジョルジョ祭には野外劇場を設営し、自ら監督した作品を上映するのだった。
今年のプルターク英雄伝は初めての作品で、父は躊躇したが、母のたっての願いで上演されることが決まったのだ。プルターク英雄伝は、フランチェスコの座右の書であった。
イザベラは、もしもフランチェスコが来るならば、必ず野外劇場に現れるに違いないと思った。
聖ジョルジョ祭の前日、モデナの叔母が二年ぶりにやって来た。
「まあ、ちょっと見ないうちにすっかり大きくなって。
明日は案内してちょうだいね。」
叔母にそう言われてイザベラはほっとした。
毎年聖ジョルジョ祭には母や妹のベアトリーチェと一緒に行くのだったが、そうすると必ず従姉妹たちが合流し大部隊になってしまうのだ。
「イザベラ、よかったわね。 叔母様をちゃんと御案内するのよ。」
「はい、お母様。」
イザベラは、満面の笑顔で頷いた。
その夜はベッドに入ってからもなかなか眠れなかった。 明日のことを考えると胸が熱くなった。
翌朝、イザベラは雨の音で目を覚ました。
急いで飛び起きて窓際に走って行くと、カーテンをかき分け外を見た。
「お祭りはどうなるのかしら。」
つづく
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