第5話
「え――」
どうしてですか。
考えていたその言葉が出なかった。
あの時、彼女に何も出来なかった僕に彼氏を名乗る資格は無いだろう。
僕は罪悪感から、その言葉を出せなかったのだ。
「すぐじゃなくていいわ。すぐだとあの子自身、責任を感じちゃうから」
事故に遭ったから、僕と別れることになった。
きっと、真面目な彼女ならば、そう考えるからだろう。
でも――。でも、そう言うことでは無い。
なぜ、別れる前提の話なのか。
「――なぜですか?」
大きく息を吸って、やっと出た言葉。
未だに喉の奥で、何かが詰まった様な不快感がある。
「なぜ――。それはあなたにも美乃里にも、前を向いて欲しいからよ」
「前を?」
前とは将来、この先のことだろうか。
「ええ。このままずるずると関係が続いたとしてよ。隆哉くん、あなたは美乃里と共に生きる気はある?」
隆哉に突き刺す様な口調で佳織は言った。
「え――」
即答出来ずに、隆哉は言葉を失う。
美乃里と将来を共にする気はあった。
――昨日までは。
佳織の言う美乃里と共に生きると言うことは、これから訪れる美乃里の障害も含めてのことだ。
身体的な障害だけでは無く、精神的、社会的な障害も含めてだろう。
想像出来ない彼女の苦痛と苦悩。
僕はそんな彼女を、愛し支え続けることが出来るのか。
「いいのよ。それは当然のこと。もう私もあなたも、今までの生活が出来ると思わない方がいいわね」
佳織の言うそれとは、「美乃里と共に生きれない」と言うことなのか。
なぜ、当然なのか。
疑問が過るが、聞く気にはなれなかった。
「わかりません・・・・・・」
これから先のこと。
隆哉は想像がつかなかった。
彼女に訪れるだろう障害。
そんな彼女と共にいる自分自身を。
「そのタイミングはあなたで決めて。もしかしたら、あの子から切り出してくるかもしれないけど・・・・・・。それはあなたたちに任せるわ」
「・・・・・・わかりました」
反論が出来ない。
――いや、反論する言葉が思いつかなかったのだ。
何も考えずに、隆哉は立ち上がる。
「今日は帰りますね」
覇気の無い声でそう告げ、ゆっくりと足を動かした。
頭の整理が出来ていない。
こんな状態では美乃里に会ってはいけない。
「美乃里が起きたら、連絡するわ」
隆哉の背中向け、佳織はそう言うと立ち上がった。
そして、気持ちを切り替える様に小さく息を吐く。
佳織は病室へ、隆哉は病院の出入口へと向かって行った。
いったい、僕に何が出来ると言うのか。
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