第3話
翌朝。
自身の部屋で目が覚める。
なぜ、僕は自分の部屋にいるのか。
隆哉は自身の記憶を辿った。
記憶が無い。
救急隊が来てからの記憶が何一つ無かった。
「・・・・・・美乃里は?」
ハッとした顔で隆哉は起き上がり、部屋を出る。
断片的に事故の光景を思い出した。
彼女はどうなったのか。
慌てた足取りで廊下を走り、リビングへと向かう。
「――あら、早いわね」
リビングの扉を開けると、母の和美が感心した顔で言った。
テーブルで大好きなコーヒーを飲みながら読書をしている。
母の日課だった。
「早いって・・・・・・六時か」
和美の一言で立ち止まった隆哉は、リビングの掛け時計を見つめる。
目覚ましも掛けずにこの時間に起きられた。
今まで一度も無い。
「美乃里ちゃんのところへ行くの?」
コーヒーを一飲みして、和美は何食わぬ顔で言った。
「えっ――?」
美乃里のところ。いったいどこなのか。
「あら――その様子だと覚えてないの?」
コップに口を当て、和美は解せない顔を向ける。
「何を・・・・・・?」
恐る恐る聞いた。
もしかしたら、心の中でその答えはわかっていたかもしれない。
「・・・・・・仕方ないわね――」
コップを置くと、和美は隆哉に語り出す。
――昨日の出来事を。
数分。和美が話す内容。
それはすべて、隆哉自身から聞いたことだった。
「僕がそんなことを・・・・・・」
顔が青ざめる感覚。
和美の前で隆哉は俯いた。
僕であって僕じゃない。
いや、僕であって欲しく無かったのかもしれない。
彼女に何も出来なかったあの僕は、僕では無かった――と。
だから、自然と僕は記憶を消したのだ。
都合の悪い、悪夢の様なあの時間を。
「ええ。確か、あの病院の面会時間は九時からよ」
コーヒーを飲むと、和美は淡々と告げる。
「・・・・・・良く知っているね」
素直に驚いた。相変わらず、母は知的な雰囲気を出している。
「年を取ると、病院に行く回数も増えるのよ――覚えておきなさい」
患者として、訪問者として。
和美の言葉はどちらの意味もあった。
「そうなんだ・・・・・・」
身の無い返事を返す。
母の言葉をしっかりと聞く余裕は無かった。
「ただまあ・・・・・・、隆哉」
懸念事項がある様に、和美はどこか考え込んだ顔をしている。
「ん? どうしたの、母さん?」
考え込む母は、あまり見たことが無かった。
「時は戻せないから、過去よりも今を大事にしなさい」
はっきりとゆっくりと、和美は告げる。
つまり、過去を悔やむなら、前を向け。
和美なりの励ましの言葉だった。
過去には戻れない。
無論、その通りだ。
良くも悪くも、僕は前に進むしかない。
「うん」
真面目な顔で言う和美に隆哉はただ頷いた。
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