グーセニッツァ

 それから数日、菜穂子達は道路の補修作業をしていた。補修作業と言っても荒れ地とかした道路だったので、初めから作り直しと言った方が適切だった。河童は統治局の修繕作業に行っていて不在だった。


「この辺は西政府の武器が残っている地帯だから気をつけろ」と親方が大声で言った。「対人地雷が埋まっているかもしれん。変でクランとバームで残存アスファルトを捲るんだ」


「了解です!」菜穂子が元気よく答えた。


 菜穂子はアームを使ってアスファルトを削り出すと、それを黄色目に手渡した。黄色目はそれを粉砕しダンプに積み込んだ。


 河童たち鳶職達や袈裟たち左官屋達は後ろに控えていた。


 ひたすらヘンデクランの長く細い指でアスファルトを掘り返し続けた。何時、対人地雷が爆発するか判らない。対人地雷位なら、元軍用重機のヘンデクランは衝撃を跳ね返すことが出来るが、対戦車地雷やバイオ兵器にぶち当たったら、菜穂子達の命は保証されない。何しろ西政府の武器は予想できない程不気味で奇妙な武器ばかりだった。


 菜穂子は慎重にアスファルトを捲っていった。




 その時、前方で騒ぎが起こった。


「わーっ」と叫び声が聞こえた。


「グーセニッツァだ!」と誰かが叫んだ。


 一号機が後退し、逃げてきた。


 初めは何が起こったのか判らなかった。だが、暫くすると一号機が何かを掘り当てたのだと気が付いた。


「グーセニッツァが埋まってた!」そう言って指差す男の指先には五メートル以上はありそうな巨大な「芋虫」が鎮座していた。トドのような怪物で側面には無数のボッチが並んでいた。


「地中に埋まっていたんだ!」また他の誰かが叫んだ。


 グーセニッツァと呼ばれるその芋虫の頭部には人の頭がすっぽり入るくらいの巨大な顎があった。グーセニッツァはその顎を左右に開いたり閉じたりしながら、もぞもぞとこちらにやってきた。


「誰か、銃を持ってこい!」親方が叫んだ。


 菜穂子は銃を持って来なかった事を少し後悔したが、あんなミニピストルでは太刀打ちできない相手だと思い諦めた。


 グーセニッツァは菜穂子の方に這いずって来た。すると、黄色目がグーセイッツァに立ち向かっていった。


 クショーーー。


 グーセニッツァが咆哮した。


 オーーーン。


 黄色目も咆哮した。


 グーセニッツァは横を向き、体側部にある幾つかのボッチから何かを発射させた。大きな棘のようなそれは黄色目に当たるとパームの強靭な皮膚に跳ね返された。


「黄色目、毒針だ気をつけろ!」鉄左が黄色目に叫んだ。


 黄色目は臆することなく突き進んだ。


 黄色目の左パンチがグーセニッツァの頭部に降り掛かった。


 するとグーセニッツァは黄色目の攻撃を避け、黄色目の左手に噛み付いた。


 ウォーーーゥ。


 黄色目が再び咆哮した。今度は激痛の叫びのようだ。


 グーセニッツァは黄色目の左拳を噛み砕いてしまった。


 黄色目の左腕から大量の体液が吹き出した。


「黄色目、どいて!」菜穂子がスピーカーから叫んだ。


 菜穂子はヘンデクランを突進させた。


 グーセニッツァはヘンデクランの巨体を見ると立ち上がり威嚇して、顎を思い切り開いてみせた。


 その顎向けて菜穂子も左パンチを御見舞した。


 パンチは喉にまで達したが、グーセニッツァも負けずと噛み砕いてきた。


 しかし、鋼鉄の左アームは断ち切ることが出来なかった。


 そこで、菜穂子は右手の指を全て窄ませ、グーセニッツァの横腹に叩きつけた。


 ヘンデクランの右腕はグーセニッツァの横腹に突き刺さった。


 グーセニッツァはその巨体をよじって悶え苦しんだ。


 菜穂子はグーセニッツァの痙攣に巻き込まれ、倒されてしまった。


 しかし、菜穂子はグーセニッツァに取り付き、右手を更に突っ込んでいった。


「させないよ〜っ」菜穂子は叫んだ。


 ヘンデクランはグーセニッツァに振り回された。


 当然、コクピットも右へ左へと激しく揺れた。


 菜穂子は負けずと、きつくグーセニッツァを抱きしめた。


 菜穂子のヘルメットは割れ、頭はコクピットに叩きつけられた。


 それでも菜穂子は諦めなかった。


 グーセニッツァの側頭部と喉から大量の体液が流れた。


 やがて菜穂子は気を失った。





 眼が覚めたのは二日後のことだった。


 気が付くと菜穂子は自分の部屋に寝かされていた。


 男子禁制だと言っていたのに親方と鉄左と河童、西郷、袈裟の姿がそこにあった。


 五人は菜穂子を覗き込むように座っていた。


「やっと、目が覚めましたね」河童が言った。


「医者は大丈夫だと言ってたけど、中々目を覚まさないんで心配したぞ」鉄左が言った。


「それにしてもグーセニッツァをやっつけるんだもの、感心したぜ」親方が安心した顔でそう言った。


「私、あれをやっつけたの?」菜穂子は小さな声で訊ねた。


「そうだよ。見事なもんだった」袈裟が感心した。


 菜穂子が立ち上がろうとすると、軽い頭痛が襲ってきた。


「っ……」


「おい、無理しちゃいけねぇ。まだ寝とけ」親方が諭した。


「大丈夫。私のヘンデクランはどうなったの?」菜穂子が訊ねた、


「今修理中だ」親方が答えた。


 菜穂子は玄関に向かって歩いていくと、ドアを開いた。


 そこには四つん這いをするヘンデクランと、体液が流れ落ちて、空気の抜けた巨大なゴムボート様に見えるグーセニッツァが横たわっていた。


「今、あの辺りを生物探知機を使って捜索しているところだが、他には西政府の生物兵器はいないみたいだ」鉄左が後ろから説明してきた。


「しかし、よくやったよ。あんな奴がまだ地中に残っていたなんてなあ」親方が言った。




 今日も快晴で風が強かった。

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水龍川軽便鉄道 外伝 ヘンデクラン 相生薫 @kaz19

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