花丸百貨店
翌日からの作業も前日とさして変わりはしなかった。
「黄色目。私は前を持つから黄色目は後ろを持って」菜穂子がそう言うと、黄色目は言葉を理解してトラックに積まれた鉄筋の束の後ろ側を持ってくれるようになった。
「そうそう、黄色目は偉いね」菜穂子は黄色めを褒めてあげた。
「なんだ、菜穂子はバーム使いにもなれるな。黄色目がこんなに懐くなんて……」鉄左は菜穂子に感心してそう言った。
「黄色目が賢いからですよ」菜穂子は謙遜してそう言った。
「おうい、鉄筋レーキを……」鉄筋レーキをこちらに持ってくるよう、西郷が手招いた。
袈裟は壁づくりに勤しみ、河童は足場を組み立てていた。
空は今日も晴れて清々しかった。
給料が出て最初の休みになると飯場の人間はめいめい街の中に消えていった。みんなそれなりの目的があるらしく、示し合わせて出かけることはなく、みんなそれぞれ別の方向に散らばっていった。
菜穂子も何処かへ出かけようと思っていると、鉄左が街へ誘ってくれた。
「念の為に持っていかなきゃな」と独り言を言うと、鉄左はショルダーホルスターにリボルバー拳銃を挿した。銃身の短い、振り回しの良さそうな拳銃で、鉄左はそれを「レンコン」と呼んでいたが、それはリボルバーのシリンダーが蓮根を切った形に似ていたからであろう。
「駅前の花丸百貨店に行ってみよう」と徹左が言った。「あの辺りはまだ結構な店が出ているよ」
菜穂子は何か買いたいとは思っておらず、この街の様子を見てみたかっただけなので、鉄左に賛成した。
外に出ると早速統治局の「知り箱」が二・三機寄ってきた。知り箱は六方向にガスを噴射させて空を飛ぶドローンだ。
「シューカイかな?シューカイかな?」と鷹揚のない声で知り箱は喋った。
「一度に五人以上集まらなければ逮捕されないから大丈夫だ」と鉄左は確約した。
「仕事している時は寄ってこなかったけど」菜穂子は正直に疑問を抱いた。
「俺達が再建しているのは統治局だよ。その辺は親方が上手くやっている』
二人が歩いていくと、やがて猫崎駅が見えてきた。駅前ロータリーの中心には櫓が建てられ、その頂上から三つの黒いビニール袋がどす黒くぬめりながら吊るされていた。一目で死体袋と分かるものだった。
「あれは何かの盗賊団か宗教に反対した人か脱退しようとした人達だから、俺達に関係はないよ」と鉄左は説明した。
菜穂子は気味悪がり、なるだけ遠くを歩くようにした。
歩道はゴミが散らばり、何層にも重なっていた。所々ぺしゃんこになった車が埋まっていた。菜穂子達は積もったゴミやスクラップを避けて進まねばならず、一列になって歩道を歩いた。
五分程歩くと、半壊した大きな建物が見えてきた。壁面に「丸」字が傾いた
「花丸百貨店」という文字があった。海底居住区には無いような大きさだったので、菜穂子は圧倒された。
中に入ると、エスカレーターは停止しており、エントランスから伸びたエスカレーターを歩いて登らねばならなかった。
一階は殆ど店が出ておらず、果物屋と小さな鮮魚店が店を開けているのみだった。店内に広がる大昔のシャウトミュージックは二階から流れてきているようだった。
二階に上がると、三階は通行止めの看板がありバリケードも施されていたので、三階以上は上がれなくなっていた。
二階には時計店や小箱や手提げかばんを売る店、祝詞屋、ひもの屋などが店を開いていた。
シャウトミュージックを流している店は、エスカレーターの反対側にあり、何に使うのか解らないが、薄くて反対側が見えそうな銀布が店の大半を占めるように飾られていて、懐中電灯や盗聴器、メガホン、手動式充電器などを売っていた。中には使いようもないラジオが売られていた。他にも大戦中に作られた何に使うのか分からないものが沢山売られていた。
「電池はあるの?」と菜穂子が尋ねると、モヒカンカットにした店主が籠に入れた大量の電池を出して見せてくれた。
特に買いたい物も無かったので、二人は百貨店を冷やかすと店を出た。
百貨店を出ると、急に鉄左が訊ねてきた。
「そう言えば、菜穂子は銃を持ってなかったね」
「はい、必要でしょうか?」
「
「銃は簡単に入手出来るんでしょうか?」
「大昔の火薬式のやつならな。
「はい……」
菜穂子は、この街はやはり危険な街なんだと改めて思った。
脚気町に行く途中、昼になったので昼食を摂ることにした。
またもや店のドアには「失業者と求職者お断り」というステッカーが貼ってあった。
オムライスがあったので菜穂子はそれを頼んだが、米は本物ではなく、代用の紫米というもので少し臭かった。また、卵も鶏の卵ではなく、菜穂子の知らない鳥の卵のようだった。
脚気町につくと銃砲店はすぐ見つかった。一見さんお断りの店らしく、鉄左がドアをノックすると、ドアに付いたスライドドアが開き、鉄左を確認するとドアを開けてくれた。
「いらっしゃい」
「今日は護身用の銃が欲しいんだが……」鉄左が言った。
すると店主は棚から幾つかの銃を取り出し見せてくれた。
「火薬式は全部二十五口径です。そちらのお嬢さん用で?」
「はい」菜穂子が答えた。
「電撃銃と二十五口径の火薬式です」
電撃銃はちょっと予算が足りなかったが、火薬式の銃なら給料の中から払えそうだった。
「装填数は?」鉄左が尋ねた。
「ブローニングが六発で、ベレッタが最大九発です」
「ベレッタがいいな」鉄左が言った。「試射は出来るのか?」
「はい、裏庭で出来ます」
「菜穂子はどれがいい?」
「鉄左さんがいいと言ってた銃がいいです」
「五百ユーロになりますよ」
「弾三十発とマガジンを付けてくれ」鉄左が値切った。「小型拳銃だ。それくらいの値段だろう」
「はい、はい、解りましたよ」
「その代わり、俺も三五七マグナム弾を五十発貰う」
菜穂子と鉄左は支払いを終えると、店主に導かれて裏庭に向かった。
そこには二十メートルほどの試射場があった。そこで菜穂子は弾の装填の仕方や安全装置の使い方などを習った。二十五口径の拳銃は菜穂子の小さな手にも収まる可愛いタイプだった。
「じゃあ、実際に撃ってみようか?」鉄左が提案した。
鉄左が教えてくれた通り、両手で銃を構え撃ってみる。
パン、パン。
右手にリコイルの反動が強く掛かった。的から右に逸れて着弾した。
「そうだ、もっとよく狙って撃ってみろ」と鉄左が言った。
パン。
弾丸は的の中央の黒いところよりやや左に当たったが、さっきより中心に近かった。
「そうだ、良くなったぞ」と言うと、鉄左は自分のリボルバーを出して、立て続けに六発連射した。
バン、バン、バン、バン、バン、バン。
弾丸は見事、全弾中央付近に当たった。
菜穂子は鉄左の動作に習い、肩を締めてもう一度撃ってみた。
パン、パン、パン。
弾はさっきより中心に近づき、一発は中心の黒丸に当たった。見事、中心に当たると菜穂子も嬉しかった。何だか縁日の射的をしているような気持ちになった。
菜穂子は残りの弾も全弾撃ち終えると、ブローバックしてスライドストップがかかり後退位置で停止した。
「これなら悪漢が来ても大丈夫ね」菜穂子は嬉しそうに言うと微笑んだ。
「でも、現場には持ち込むなよ。現場は安全だし、かえって厄介なことになりかねない」と鉄左が釘を差した。
菜穂子は掌に収まるこの可愛らしい凶器を得て、自分が強くなったようになり、心強く思い心の底でほくそ笑んだ。
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