第6話 旅立ち

 目が覚めた時、問題ごとは全て片付いた後だった。

 ついでに、フアニアの体が少し縮んでいた。成長する基準さえ未だ曖昧な中、逆に縮むとは納得がいかない。

 モレニの町の宿屋のベッドの上で、フアニアは自分の手を見つめてため息を漏らす。少し狭い部屋の中に、今はニーロとキーランだけだった。

 バルドルとアルは旅支度の買い出しに行っているらしい。


「だが何も無くて良かった。青い顔して連れ帰ってきた時はどうなるかと」


「私も死ぬかと思いましたが、何とか免れたみたいで良かったですよ」


 ははっと軽く笑い流そうとするが、キーランが特大のため息をついた。

「笑い事ではないです。あの少女が手をとって真剣に回復を祈ったから助かったのかもしれない、とオズウェル様は言ってましたが」

「アルには感謝しなくてはですね」

 結局どちらが助けているのやら、端から見れば馬鹿かもしれないが、フアニアはアルを守れて良かったと思っている。

「そういえば、あの行政官とは知り合いなのか?」

「少しお世話に……。悪食のことに詳しいようで」

 オズウェルがどこまで二人に話したかはわからないので、とりあえずは詳しい人ということでごまかしておく。二人もそれで納得したのか、特に突っ込まれはしなかった。


「あの……それで、町長はどうなったんですか?」


「あれだけ強い呪いを受けて生きてはいられませんよ」


 それだけ恨みが深いことをしてきたのだから仕方が無い。彼が行った行為の罪深さには呆れかえってしまう。

 町長が亡くなってからは、こちらの領地の行政官ともやりとりを行い、諸々証拠が出てきたようだ。木こりの男の小屋からはまだ生きていた子供も見つかったそうだ。男の証言で身分証を売りさばいていた闇商人も無事捕まったらしく。全ては町長が仕組んでいたこととして処理されるらしい。町長と関わりがあった貴族の証拠は、当然のことながら綺麗さっぱり出てこなかった。

 その過程で町長の過去も明るみになった。やはりバルドルの奥さんが出産した産院の出生管理を任されていたらしく、上に取り入る為に偽装を図ったようだが、元々弱っていたこともあり亡くなってしまったようだ。それを知った時バルドルは悲しんでいたようだが、アルが無事だったことが何より嬉しかったらしい。

「あの……アル達、教国きょうこくで馴染めるでしょうか?」

「問題ない。あの国は各地から人が来ている。似たような境遇も多い」

 バルドルとアルの二人は、教国フォルトゥーナに移ることになった。町長と繋がりのある貴族がまだ不明なうえ、口封じに狙われる可能性もある。元々すでに農地も手放しているので、キーラン達が一度連れ帰って事情を説明してくれるという。

「農業に詳しい者は大歓迎ですよ。教国も豊かとはなかなか言いにくい状況ですしね」

「どこも厳しいのですね」

「……僕は我が君が心配です」

 私も不安です、とは言えなかった。言えば残ると言いかねないので、黙っておく。

 直接話したわけではないが、目覚めるとオズウェルから手紙が届けられていた。


『君の身柄は一度こちらで預かる。身分証もない人間がふらふらし、あちこちで食い荒らして悪食の存在が表立てば、こちらにも影響が出かねない。身分証は何とか手配するので大人しく従うように』


 という、何とも偉そうな内容なうえ、読み終わったら食べて処理するようにとも書かれている。文字は神語しんごで書かれているので他人が見ても読めないようになっているので用心深いのかよくわからない。

 けれど、身分証の発行はありがたい為、断ることもできなかった。


「とりあえず目標は定まったので、何とかなると思います」


「何かやりたいことができたのか?」


「はい! 砂糖を復活させてお腹いっぱい食べたいと思います!」


 両手で拳を握りしめ満面の笑みでこたえると、ニーロはきょとんとした顔をする。何故だろうかと首を傾げると、キーランは興奮を抑えられないかのように、ずずっと体を乗り出した。

「砂糖とは、昔、神々が好んだという、あの、奇跡の純白の甘味料のことですか!?」

 失われているのは本当のようだ。まさかそんな扱いになっているとは予想外すぎる。

「僕もお手伝いします!! 用件を片付け次第急ぎ戻ってきます!」

 キーランの様子に思わず引いてしまうと、ニーロが離してくれた。

「……アル達のこと、ちゃんとお願いしますね?」

「大丈夫だ。俺がおざなりにはさせない」

 このままでは早く戻ろうとするあまりに、強行軍で移動しかねない。ニーロが約束してくれるのならば大丈夫だろう。

 一抹の不安を感じながらも静養に励んでいると、あっという間に月日は過ぎて、別れの日がやってきた。



 モレニの町の南門前の広場にて、フアニアはアル達と別れの挨拶をする。

「あのね、フアニアにこれをあげようと思って。お腹いっぱいにはならないかもしれないけど」

 彼女が取り出したのは森でとった果実だろうか。赤い丸みを帯びた果実が小袋いっぱいに詰まっていた。

「いいの?」

「酸っぱくてちょっとだけ甘いの。フアニアが甘い物好きってきいたから」

 へへっと照れたように笑うアルに、フアニアは抱きついた。以前は少し見上げる程度だったのに、縮んでしまったのでフアニアの頭はアルの胸ぐらいにしかならない。

「次にフアニアに会う時までに、いっぱい料理覚えておくね」

「楽しみにしてる! 私も甘い物をアルに食べさせてあげられるよう、頑張ってみる」

 二人でふふっと笑い合っていると、バルドルが二人の頭の上にぽふりと大きな手を置く。初めに会った時と比べてだいぶ小綺麗になって少し若く見えるようになった。

「ったく、お前ら無茶だけはするなよ。これ以上心配させんな」

「なるべく気をつけまーす」

 軽い返事をするアルに対しフアニアが黙っていると、バルドルにこら、と怒られる。

「お前にも言ってんだぞ、フアニア」

「私も含まれてたんですか!?」

 まさかと思って聞き流していたら、バルドルの心配対象にフアニアは含まれていたらしい。そのことをどこかむずがゆく感じていると、バルドルがしゃがみ込み視線をあわせた。


「お前は、俺もアルのことも助けてくれた。俺はもう家族みたいなもんだと思ってるんだが……迷惑だったか?」


 バルドルの言葉に自然と涙がこぼれ落ちた。ぼたぼたと流れ落ちる涙に、フアニアは動揺が隠せなかった。


「あれ、何で……」


「ふふっ、きっとそれは、嬉しいんだよ。私もフアニアのお姉さんになれたら嬉しいなぁ」


 涙を拭ってくれるアルとバルドルを交互に見れば、二人は優しげな笑顔を向けてくれる。

 まだ、人間はどこか怖いし醜くて、昔と何も変わっていないと思う。それでも、豊穣の女神達が助けたいと思った人間がいたように、フアニアもアル達のことは大切にしたいと思った。

 二人を抱きしめるように手を伸ばすと、二人も抱きしめ返してくれた。

「……さて、そろそろ馬車の時間です。我が君、僕たちのことも忘れないでくださいね」

 少し離れて見守っていたキーランとニーロに、フアニアは苦笑してしまう。


「二人のこと、よろしくお願いします」


「あぁ。そっちも気をつけてな」


 そうして、馬車に乗って四人は旅立っていった。手を振るアルにフアニアも手をふり、馬車が見えなくなるまで見送ると、後ろを振り返った。


「というわけで、今後はよろしくお願いしますね。お砂糖」


 ニッと笑って見上げれば、オズウェルの顔が僅かに嫌そうに歪んだ。


 そんな彼が用意してくれた身分証の親の欄に、バルドルと記されていることを知るのは、もう少し先のことである。

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悪食の子~目指せ満腹生活~ 都賀みぎり @tu-du3

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